矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 88


「着させる」と「着せる」の違いは・・・

日本語教育において初級の文法項目の中に「使役動詞」も入っている。しかし
これを学習するにはやはり中級レベルでないとなかなか難しい。しかも使役文は
「母親が子供に野菜を食べさせる」や「上司が部下に残業させる」などのように
上下関係がはっきりしている場面で使われるので、日本語学習者本人としては
使う場面が少なく、勉強意欲もあまりわいてこない感じである。

しかし「あしたクラスを休ませてください」や「コンピューターを使わせてください」など
使役形を使うととても丁寧な表現になりますよ、と教えると生徒の目の色が変わってくる。
日本語学習者の多くは丁寧な言い方にとても興味があり、使ってみたいのである。
でもこの表現も動詞の使役形に「〜てください」を付けるのであるから使役形の作り方が
分からなくてはダメである。やはり「使役動詞」は大事である。

さてこの使役に関する動詞は日本人にとってもなかなかやっかいである。まず例えば
「待つ」という動詞の使役形は「待たせる」だが、「待たす」という使役を表す動詞もある。
これらに「〜てください」を付けると、「待たせる」が「待たせてください」であり、「待たす」は
「待たしてください」となる。この違いは・・・。

こんなこと日本人はほとんど気にしたことなく、意味は同じなのでどっちでもいいのだが、
学習者としては気になる。うーん、確かに改めて質問されると困ってしまう。これは
方言なども絡んでなかなか複雑で説明しにくい。日本語教育では「待つ」の使役形は
「待たせる」一つと教えている。

しかし次にこれが使役受身まで絡んでくると更に複雑になる。「一時間も
待たせられた」よりは「待たす」の使役受身の「待たされた」のほうがよく使われている。
しかし「話す」のようなサ行の動詞は・・・「待たされた」と同じ作り方の「話さされた」では
「鼻刺された」と間違ってしまうかも・・・。「話させられた」のほうが無難である。そして
「食べる」のようなグループの動詞は「食べさせられた」である。確かに複雑でややこしい。

使役動詞に関してはまだまだ難問が待っている。表題の「着させる」と「着せる」の
違いは・・・。「着る」の使役形は「着させる」だが、「着せる」という動詞もあるので
ややこしい。もちろんこの違い、我々は何となく使い分けているのだが、学習者には
難しい。

こんな例文で教えている。「赤ちゃんにベビー服を着せる」「人形に着物を着せる」で
ある。「着なさい」と赤ちゃんや人形に命令しても無理でしよう・・・
このような場合は「着せる」を使ってください、である。するとお見合いの日に
「母は姉にドレスを着せました」というと・・・このお姉ちゃん自分では何も出来ない
ことになってしまうのでは・・・。着物ならいざ知らず、ドレスぐらい自分で着られる
のだから・・・、やはりこの場合は「母は姉にドレスを着させました」のほうが
ふさわしいのであろう。

すると「着させてください」と「着せてください」の違いも日本人は何となく状況や
場面に応じてうまく使い分けているのである。学習者にもやはりこの違いをしっかりと
心に記させなければならないのだが・・・。



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