矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 85


「店をひらく」と「店をあける」は・・・

息子が日本で居酒屋を開いたのでちょっと宣伝も兼ねて、東京でサラリーマンをして
いる昔の生徒にメールを入れた。すると早速うれしい返信メールが届いた。
「必ず息子さんのお店に行きます」である。でも最後に「先生の昔の授業を思い出し
ましたよ・・・」と付け加えてあった。「うそー」、それは新米教師時代の思い出したくない
授業であった。

中級レベルになると「火が消える」と「火を消す」の違いが分からなければならない。
我々日本人にしてみればこんなことすぐ分かるのだが日本語学習者にはややこしい。
日本語教育では「自動詞」と「他動詞」として教えている。

先ずマッチを用意し火をつけて灰皿に入れる。自然に消えるのを待って「火が消える」と言わせる。そして次に火のついたマッチを手にずっと持って、「熱い」といって息で火を消し、
何か目的がある場合に「火を消す」と教えるのである。

さて、その昔の授業とは・・・。マッチで教えた後、いくつか例文を示そうとして
「ドアがあく」と「ドアをあける」を教えようとした。自分では「あく」と「あける」のつもり
だったのだが、なぜか間違って似ている「ひらく」という動詞を使ってしまった。

ここで大変なことが・・・、こんな感じである。はい皆さん、「ドアがひらく」これは自然な
感じの自動詞ですよ、そして次は「ドアをひらく」・・・あれ、「ひらく」の形が変わらない・・・
新米教師としては「ドアがあく」と「ドアをあける」を教えているつもりになっているので、
変わるのが当然である。

でも「ドアがひらく」と「ドアをひらく」、これどうして変わらないの・・・焦ってしまった。声も
だんだん小さくなって・・・。生徒からは「先生どうししたの・・・」の声も聞こえてきて、
しどろもどろになってしまった。この「ひらく」は特殊な動詞で自動詞と他動詞が同じ形
なのである。こんなこと意識している日本人は少ないのでは・・・、しかし日本語教師
としては当然知らなければいけないことなのだが・・・、教師として本当に情けない
面目丸つぶれの授業であった。

この「ひらく」を「あく」と一緒に教えると困ってしまう。漢字が同じである。どちらも「開く」
である。「ドアが開いた」はどう読むのか・・・。こんな場合なるべくひらがなで書いたほうが
よさそうである。

さらにこの「ひらく」は「あける」と絡むとややこしい。「口をひらく」も「口をあける」もどちら
も使えそうだが、「手をひらく」であり、「手をあける」は不自然である。では「本」や
「カーテン」は・・・。確かにややこしい。「カサ」は「ひらく」で、「カギ」は「あける」である。
両方よさそうなものもあれば、片方しか使わないものもある。その違いはなかなか難しい。

そして表題の「店をひらく」と「店をあける」は・・・。確かに何となく違いは感じる。
「店をひらく」は新しく店を作った感じで、「店をあける」は開店時間に店をあける感じが
する。しかし「今朝はいつもより早く店をひらいた」といっても別に問題なさそうで・・・。

この違いはいろいろ個人差や方言なども関係してくる感じである。あまり細かいことに
とらわれず、もう少し「心をあけて」じゃなくて「心をひらいて」大らかに日本語を教えたい
ものである。



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