矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 82


☆ 「王子」は「おうじ」か「おおじ」か・・・?

久しぶりに教え子だった日本語上級者と日本で再会した。彼は立派なサラリーマンに
なっており、日本語も一段と上達していた。彼の住いが東京・大田区なので大森の
居酒屋でビールを飲みながらいろいろ昔話に花が咲いた。そしてこんな話が・・・。

最近大事なお得意さんの名前の漢字を間違えてしまって・・・、宛名書きに「太田様」
を「大田様」と書いてしまい、課長に怒られてしまったとのこと。確かにお得意さんの名前
を間違えるのはサラリーマンとして失格であるが・・・、でも彼は日本人じゃないんだから
そんなことどうでもいいのに・・・。

でもこれはやはり大事なことである。はるか昔の自分のサラリーマン時代を思い出した。
「太田さん」と名刺交換したとき、「大」に点があるか無いかすごく気になった。また
「富田さん」も「うかんむり」なのか「わかんむり」か、「菊池さん」も「池」か「地」かなど
など・・・。彼には大変だけど日本語上級者なんだから間違えやすい人の名前は気を
つけなければねと注意した。

そして次にこんな想定外の質問がきた。なぜ「田」には「太」と「大」があるんですか、
「森」や「池」などにはありませんよね・・・である。最初は何の質問だかよく分からなかった
のだが、確かに大森や大池などには「太」の字は付かない。「太森」や「太池」など見た
ことがない。でもどうして「田」には「太田」と「大田」と両方あるのか・・・しかも「太田」の
方が多い感じがする。思わず「うーん」と唸ってしまった。こんなこと日本人は考えたこと
もない。日本語教師としてとても困ってしまった。そーね・・・固有名詞だからただ覚える
だけ。そのときこんなジョークを思い出した。「太平洋」と「大西洋」、どうして「太平洋」に
は点があって、「大西洋」には点が無いのか・・・それは太平洋にはハワイがあるから・・・。


 そしてまた彼からこんな悩みも・・・、コンピューターの時代になって漢字は読めれば
いいので簡単になったが、でもときどき入力するときに困ってしまう。一つの例として
表題の「王子」である。「おおじ」なのか「おうじ」なのか・・・確かに「う」と「お」の違いは
我々日本人にとってもややこしい。「通る」など正しく変換出来ず困った経験のある方
も多いのでは・・・。

「オー」と伸ばして読む音は「う」と書くという決まりがある。高校は「こうこう」、放送は
「ほうそう」、そして王子も「おうじ」である。しかし例外として「オー」と読む音でも「お」と
書くものがあるので非常にややこしい。氷は「こおり」、通るは「とおる」である。これらの
言葉は歴史的仮名遣いでは「ほ」か「を」と書いていたもので、現代仮名遣いの決まり
の中にもその名残をとどめておきたかったのであろう。「狼」も昔は「おほかみ」、「遠い」も「とほい」、「十」も「とを」と書いていたのである。しかし今の若者はこんなことほとんど意識
していない。全て同じ決まりにしてしまえば日本語教師としても楽なのだが・・・でも
なかなかそうもいかない。

大田区には点が無い。そして大森は「おうもり」ではなく「おおもり」である。天王寺や
郡山なども変換にてこずってしまう。日本語学習者はこういう表記の難しい場所には
住みたくないかもしれない・・・。



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