☆ 「その節」か「あの節」かどっち・・・?
日本語教育において「これ」「それ」「あれ」いわゆる「こそあ」はとても大事であるが、
もしこれを英語で教えると・・・、大変というよりはメチャクチャになってしまう。例えば
AさんとBさんが長テーブルの両端に座ってAさんの前に本、Bさんの前に辞書を置くとする。
日本語ではこんな会話になる。まずAさんがBさんに「これは本です。それは何ですか」。
Bさんの答えは「これは辞書です」となる。これを英語で言うとA:「This is a book. What is that?」、B:「It’s a dictionary」であろう。これを単純に日本語に訳すと「これは本です。
あれは何ですか」「それは辞書です」。とてもおかしな会話になってしまう。
やはり「こそあ」はどうしても日本語で教えなければ・・・。まず先生の近くに本を置い
て生徒に「これは本です」。生徒の近くに本を置き、先生はもとの場所に戻って、
「それは本です」。そして二人から遠くに本を置き、生徒と肩を組んで「あれは本です」
と何回も繰り返す。先生が教室の中を動き回って生徒に距離を強く意識させれば
そんなに難しくはない。
しかし前にも書いたことがあるが大きな落とし穴が待っている。距離の「こそあ」を
理解した女性の生徒さんがウィスラ−の帰りに我家にお土産を持ってきてくれた。
「先生、あのホテルで買ってきたお土産です。どーぞ」である。確かに私の家から
ウィスラ−は遠いので「あのホテル」といったのであろうが・・・、思わず妻の顔を見て
しまった。「あのホテル」はちょっとやばいのである。
このように「こそあ」はもう一つ大事な使い方がある。いわゆる目に見えない物事
などを表す言い方である。こんな説明をしている。もう一つの使い方は話し手と聞き手と
両方分かっている場合には「あ」を使い、片方しか分からない場合には「そ」を使いま
しょうである。こんなこといちいち意識している日本人は少ないと思うが、ちゃんと
使い分けている。「ロブソン通りにおいしいラーメン屋があります。今度その店に行きま
しょう」であり、「きのうのラーメンおいしかったね。今日もまたあの店に行きましょう」である。
やはり「あのホテル」では困ってしまうのである。そしてこの使い方は「あの時」と「その時」
なども同じで、両方分かっている場合は「あの時は楽しかったね」であり、片方しか
分からない場合は「その時はどんな気分だった」ですよと教えている。
ここで表題の思わぬ質問が・・・「こそあ」の全てを理解した上級者から「その節は 大変お世話になりました」をよく使いますが、「その節」はおかしいですよね。聞き手も
話し手も両方分かっているんですから「あの節」が正しいのでは・・・。「あの時はお世話に なりました」ですよね。
うーん、困ってしまった。こんなこと考えてもみなかった。 「時」と「節」で確かに違う。「あの節」は馴染めない。でもどうして。両方分かっているのに
なぜ「その節」なのか。これは「時」と「節」の丁寧さの違い、敬語表現の独特の用法な のであろう。「節」の場合「あ」を使うとあまりにも生々しく、「そ」を使って何となく和らげと
丁寧さを醸し出しているのであろう。しかし生徒にはとても説明しにくい。 でも「節」を「ふし」と読む場合は同じですよね。誠に恐ろしい生徒である。
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