矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語68


☆ 「愛する」の否定形は・・・?

日本語教育では「結婚する」や「離婚する」の否定形は「結婚しない」「離婚しない」 のように「する」が「しない」に変わると教えている。すると中級レベルで「愛する」という 動詞を学んだ学習者は当然否定形は「愛しない」と考えてしまう・・・。うーん、日本人 は「愛しない」とは言わず「愛さない」を使っている。でもどうしてですかと聞かれると困って しまう。学習者には「例外として覚えてください」であるが・・・、でも確かになぜなのだろう。

間違いなく文法的には「する」の否定形は「しない」なので「愛しない」が正しいのであ ろう。でもなぜ「愛しない」より「愛さない」を用いるのか。これはたぶん「愛す」という動詞の 影響なのでは・・・。この「愛す」は「消す」と同じいわゆる五段活用(日本語教育では @グループと教えている)の動詞なので否定形は「消さない」、「愛さない」である。だから 我々日本人はこの「愛さない」に結構馴染みがあるので・・・。しかしこの「愛す」は現在 ではあまり使われず、ちょっと古い感じのする動詞である。日本語教育では「愛す」は めったに教えず、「愛する」だけを教えているので学習者には「愛しない」のほうがはるかに 分かりやすい。

このように同じような意味の動詞が二つあるものは日本人にとっても結構やっかいである。例えば「罰す」と「罰する」である。「罰する」の否定形は・・・。これは「罰さない」か「罰し ない」か迷う人もいるのでは・・・、ちょうど「ゆれ」の過渡期なのかもしれない。しかし「罰す」 などの動詞も現在はほとんど使われず「罰さない」などもほとんど聞かなくなり、そのうち 「罰する」の否定形は「罰しない」になるのでは・・・、そして「愛する」の否定形もいつの 日か「愛しない」になってしまうのかも・・・。会話などで否定形はあまり使ってほしくはない のだが・・・。

この「する」動詞は他にもいろいろ厄介である。日本語教育ではこの「する」は特別な 動詞(Bグループ)として教えている。国文法では「サ変活用動詞」として習ったのだが・・・。 こんな質問をよく受ける。「食事する」と「食事をする」はどう違いますかである。文法の違い はさておき、意味の違いなど気にしている日本人はいないのでは・・・でもやはり何となく 使い分けをしているような感じもする。基本的には「食事する」を使うが何か改まった 言い方をしようとする場合や「食事」を強調したい場合は「食事をする」を使うのでは・・・。 またある日本の方は外食をしようと考えている場合などは「食事をしませんか」になると・・・ なかなかおもしろい使い分けである。

しかし確かに「食事する」や「勉強する」は「食事をする」も「勉強をする」も両方使えるが、「卒業をする」や「安心をする」はとても不自然で「卒業する」や「安心する」のほうがしっくり する。「を」入れていい動詞とダメな動詞があるのでとてもややこしい。また冒頭の「愛する」 だが「愛をする」となると何となく意味がおかしくなってしまうような・・・。

初級レベルの日本語学習者にはこの「する」動詞は全て一つの動詞として「を」など 使わず「食事する」「勉強する」と教えたほうが無難である。


 
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