矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語64


☆ 「ひらがなが主役」 A

 「いま勉強している所です」、「富士山に登った事があります」、「愛とは不思議な 物です」など。漢字がかなり分かっている中上級レベルの学習者の作文にこんな 文章がよく見られる。何しろ習った漢字はなるべく使いたいし・・・、ましてコンピューター で文章を「打つ」時代になって、変換すればすぐ漢字が出てくるので漢字表記がとても 簡単になり、知っている漢字を使いたくなるのもうなづける。でも我々日本人はこの 「事」や「所」、「物」などの漢字に何となく違和感を感じる。別に学校で習ったかどうか 定かではないが、確かに「勉強している所です」などと漢字では絶対書かず「勉強して いるところです」とひらがなで表記する。でも「なぜ・・・、これくらいの漢字は知っていま すよ」と質問されると困ってしまう。

 これはこの「ところ」に本来の「場所」という意味がなく、形式的な名詞(これを形式 名詞という)として使う場合には「ひらがな表記」とされている。ひらがなが主役である。 「これから出かけるところです」や「お風呂に入ったところです」など・・・。しかしちゃんと 場所の意味がある場合には、例えば「ここはタバコを吸う所です」や「所変われば品 変わる」などは漢字表記のほうがいいのでは・・・、やはりちょっと重みを感じる。

 また、形式名詞の代表格である「こと」もよく使われる。冒頭の「富士山に登った ことがあります」や「あなたのことが好きです」などの「こと」も漢字では書かずひらがなを 用いる。しかし「事は重大だ」や「事と次第に依っては・・・」などはやはり漢字のほうが 落ち着く。しかし我々日本人にとっても微妙でややこしい使い分けがある。「時」である。 この漢字を知っている学習者はどんどん漢字を使ってしまうのだが・・・。

「バンフに行く時、 セーターを買います」などである。この「とき」も形式名詞として使う場合はもちろん ひらがなのほうがいいのだが、判断がなかなか難しい。「時は金なり」や「時の流れ」 などは「時」そのものを表すので漢字表記のほうがふさわしいが、紛らわしい場合には、 ひとつの目安として、この「〜とき」が「〜の場合」に置き換えられれば、「ひらがな」表記 にしてくださいと教えている。

例えば「日本語を教えるとき」は「日本語を教える場合」 にも換えられるのでひらがなのほうがよいとされている。では「ごはんを食べている時、 電話がかかってきた」や「しあわせな時を過ごす」などはどっち・・・。「うーん」、迷ったら ひらがなで書いておけば間違いなし・・・である。

なお、「為・ため」も「為になる話」などはこの「為」に本来の意味があるので漢字で いいのだが、「風邪の為休みます」は・・・、いわゆる形式名詞として使っているので 「風邪のため休みます」のほうが良いとされている。

また、この「尚・なお」や「又・また」、「更に・さらに」などもひらがな表記という原則が あり、ひらがなが推奨されている。「ひらがな」がいろいろな効果を出すのであろう。 コンピューターのおかげで変換すればすぐ漢字が出てきちゃうだけに、これらに関しては 大いに注意したい所、ではなくて注意したいところである。「ひらがな」とは誠に不思議な ものである。


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