矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語61


☆ 「この赤ちゃん かわいそう・・・」

日本語を勉強している生徒さんを自宅に招いて自慢の手打ちそばをご馳走し ようと・・・、そして生徒は出来上がったおそばを見て「先生、これおいしいそうです」・・・。 「えっ、おいしいそう・・・」、そして思わず「その言い方は間違いですよ」と厳しく注意して しまった。これは料理自慢の女性日本語教師の嘆きと反省である。確かにせっかく 作ったおそばを見て「おいしいそう」と言われると教師として何となく怒りたくなって しまうのもうなづける。なんとしてでも「おいしそう」を教えなければならない。

日本語教育においてこの推量の「そう」はなかなか複雑で難しい。「おいしそう」と 「おいしいそう」の二つの使い方があるのでとても厄介である。「目のそう」と「耳のそう」と 教えている。また形容詞との接続方法も複雑なので日本語教師としては注意が 必要である。

先ず「目のそう」は目で見て感じたときに使い、「い」で終わる形容詞いわゆる 「い形容詞」の場合は「い」を取って「そう」を付けると教える。「さむい」は「さむそう」、 「おもい」は「おもそう」である。ですからおそばを見ておいしいと感じた場合は 「おいしそう」といわなければダメですよ、である。また「な」で終わる「な形容詞」、 例えば「元気な」は同じように「な」を取って「そう」を付けるので、友達に会った ときなどは「元気そうですね」となる。

しかしここでちょっとした落とし穴が待っている。「かわいい」という形容詞である。 これも「さむい」と同じ「い形容詞」なので、「い」を取って「そう」を付けると「かわいそう」 である。そして学習者はベビーカーの赤ちゃんを見て「この赤ちゃんはかわいそう」と言って しまう。しかしそのお母さんからは間違いなく怒られてしまいそうである。でも作り方としては 正しいのであるから学習者は「どうして・・・」と困ってしまう。こんなこと考えたこともない のでこちらも困ってしまう。さてどうすれば・・・。

この「目のそう」は目で見たときに感じた ことを言うのですから「かわいい」や「うつくしい」そして「きれいな」などの目で決める形容詞 には「そう」は付きません。目の前の女性に「うつくしそうですね」や「きれいそうですね」は とても失礼になってしまうでしょう、である。しかしはっきりしない場合例えば写真などを 見ていて、「この人きれいそう」は使ってもよさそうであるから、はっきり分からない赤ちゃんの 写真などを見た場合は何と言えば・・・。確かに作り方としては「かわいそう」になるのだが、 我々日本人は「かわいそうな」という他の意味の形容詞があるので使わない。赤ちゃんは みんなかわいいのだからどんな場合でも「かわいいです」と言わせたほうがよさそうである。

さてもう一つの使い方の「耳のそう」は自分は見てないが耳で聞いた情報いわゆる 伝聞である。「い形容詞」はそのまま「そう」を付けて「おいしい」は「おいしいそう」であり、 問題の「かわいい」も「かわいいそう」なら問題ない。「な形容詞」はちょっとめんどくさい。 「田中さんは元気だそうです」と変化する。

日本語を他人事のように「おもしろいそうですね」ではなく、自ら「おもしろそうですね」と 感じてくれる人の増加を大いに期待したいものである。


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