矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語58


☆ 「食べることが好き」と「食べるが好き」

日本語教育において自己紹介の指導はなかなか難しい。誰でもなるべく格好よく 言いたいのは当然であり・・・。しかし初級レベルでは残念ながら単語力に限りがあり、 なかなか言いたいことが述べられない。特に「自分の趣味」などをちょっとうまく表現し たいと思うのだがなかなか難しい。最初は例えば「私の趣味はゴルフです」などと簡単な 単語を使った簡単な文を教えなければならない。

しかしすぐに問題が出てきてしまう。スキーやテニスならいいのだがアイスホッケーと なるとちょっとややこしい。特に女性の生徒が「私の趣味はアイスホッケーです」というと 意味が分りにくくなってしまう。本人は観戦する事を言いたいとしたら・・・。「観戦」など という単語はまだまだ難しい。するとやはりかなり初期から簡単な動詞を使った 「〜をみること」や「〜をすること」の言い方も教えなければならない。「アイスホッケーを みること」と「アイスホッケーをすること」である。この言い方を導入すると表現力がどんどん 広がる。例えば「私の趣味はケーキです」ではなくて「ケーキを作ること」といえるようになる。 また「私の趣味は日本語を話すことです」などとちょっと気取った表現が言えるようになり、 動詞の勉強にも励みが出てくる。

そして中級レベルになると会話などでも「ケーキを食べることは好きですが、作ることは 嫌いです」などなかなか格好いい表現が出来るようになる。しかしここでちょっと恐い 質問が待っている。表題の「食べることが好きです」と「食べるのが好きです」はどう 違うんですかである。いわゆる「こと」と「の」の違いであり、確かに我々日本人は両方 気楽に使っているが違いなどほとんど考えたことはない。でも違いは確かにある。例えば 「プールで泳ぐことが好き」と「プールで泳ぐのが好き」は両方使えるが、「太郎がプールで 泳いでいることを見た」とは言わず、「太郎がプールで泳ぐのを見た」になってしまう。我々 日本人はちゃんと使い分けているし、「こと」と「の」に何か違いがあるのは間違いない。 さてその違いは・・・。

先ず「の」は話し言葉や感情表現などによく使われる。「僕はプールで泳ぐ(こと/の) が好きです」は確かにどちらも使えて違いはあまり感じないが、「プールで泳ぐのが大好き だよ」のように話し言葉で自分の気持ちを表す場合は「こと」より「の」のほうが自然である。 だから「見る」や「聞く」そして「感じる」など感覚を表す動詞がくる場合は「の」を使って いる。「太郎が英語で話しているのを聞いた」や「ハロウィンも終わってだんだん寒くなる のを感じる」である。やはり「だんだん寒くなることを感じる」とは言わない。

一方、「こと」は書き言葉や客観的な表現に用いる。「年末イエローナイフに行く (こと/の)を計画しています」はやはり「こと」のほうが自然である。「来月バンクーバーに 出張することになった」であり、「の」は使えない。また「芝生に入ることを禁じる」も「こと」 でなければ落ち着かない。しかし「芝生に入るのはダメよ」などは「の」のほうがふさわしい。

硬い表現か柔らかい表現かでも異なってくる・・・。しかしこの違いは学習者にはなか なか難しい。この違いを理解してもらう(こと/の)は大変である。 この場合は「こと」か「の」かどっちがいいの・・・?


戻る  
バンクーバー新報投稿エッセイ 外から見る日本語58
  次へ
Copyright (C) 2008 Yano Academy. All Rights Reserved.