矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語57


☆ 「重い」と「重たい」はどっちが重い・・・?

 日本語教育も中級に入るころから語彙などもどんどん増えてくる。そして学習者も 言葉にいろいろ関心が出てきて、こんなことも気になってくる。例えば「丸」には「丸い」、 「四角」には「四角い」とちゃんと形容詞があるのになぜ「三角」はないんですか・・・ である。こんなこと考えたこともなかったが確かに「三角い」とは言わない。「無いから 無いの・・・」といいたいのだが、でも確かにちょっと不思議である。

  先日もチューターをしている教師養成講座の卒業生から「重いと重たいはどう違い ますか」と生徒に質問されてとても困っちゃいましたとのメールが届いた。これもよくある 質問で日本語教師にとっては悩めるもののひとつである。こんなことどうでもいいと思う のだが・・・でも学習者にすれば最初「重い」を学んだあと同じ形容詞の「重たい」が 出てくればその違いは何だか知りたくなるのも当然である。我々日本人はこんなことあまり考えたこともないのだが、でも何となく使い分けている。例えばこの荷物とあの荷物とどちらが重いか単純に比較するようなときはあまり「重たい」は使わず、「どっちが 重いですか」のほうが自然な感じが・・・、しかしその荷物を自分が持つとなると「どっちが 重たいですか」になるのでは・・・、また「この荷物は重たいから持ちたくない」なども 「重たい」を使うような気がする。やはり日本人は何となく違いを意識して使い分けて いるのであろう。

ではその「違い」は・・・。この「重たい」はよく話し言葉として使われており、確かに 自分の感情を込めて表現しようとする場合に多く用いる。荷物の件もずしりと重みを 感じている気持ちを強調する場合は「重たい」のほうが自然である。するとやはり 「重たい」のほうが「重い」より重いのかも・・・。

そしてこの「重たい」などの「〜たい」が付く形容詞を調べてみると「眠たい、冷たい、 煙たい、じれったい、やぼったい、」等いくつかあるが全体的に何となくあまりよくない イメージを表す言葉が多い。確かに「この料理は胃に重たいね」のほうがぴったりする。 やはりこの「重たい」は自分の嫌な気持ちを表す表現なのであろう。でもなぜ 「口が重い」や「腰が重い」のような慣用句には「重い」が使われているのか・・・。

それはさておき、「重い・重たい」と同じように形容詞がペアになっている「眠い・眠たい」 や「煙い・煙たい」などもやはり同じような感覚で日本人は使っているのでは・・・。 間違いなく「煙たい」は「煙い」より嫌悪感がある。「眠い」と「眠たい」はそんな差は あまり感じないが、「会議中に眠たくなってしまった」は眠い行為をマイナスなことと言い たいのであろう。

ここでもっと恐い質問が待っている。「重い」に「重たい」があるのに、「軽い」の「軽たい」 はダメですかである。困ってしまつた。でも確かになぜ・・・。更にもしこんな質問され たらどうしようと悩んでしまった。それは「冷たい」があるのにどうして「冷い」はないんですか である。でもよく考えるとこれも確かに不思議である。 たかが「た」があるかないかなのに・・・。これから生徒と一緒に飲みに行くのが恐ろしい。

「軽たい」や「冷い」が気になって気楽に「軽く冷たいビールでも飲みに行こうか」など 言えなくなってしまいそう。日本語教師はとても因果な商売である。


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