矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語56


☆ 「いくない」はよくない・・・?

 我々日本人はこんなこと考えたこともないが、日本語を学ぶ学習者にとって「良い」という形容詞はとてもややこしい。普通「ながい・みじかい」や「おいしい・まずい」などの「い」で終わる形容詞を日本語教育では「い形容詞」と教えている。そしてこの「い形容詞」の否定形の作り方として「い」を「くない」に変えて、例えば「ながい」は「ながくない」、「おいしい」は「おいしくない」と説明している。するとこの「良い」の否定形は・・・。

 普通「良い」にふり仮名をつけるとすると大部分の日本人は「よい」になると思う。しかし 話し言葉スタイルで「です」を付けると、「よいです」ではなくて「いいです」のほうが自然で ある。そうすると「いいです」の否定形は・・・。「おいしいです」は「おいしくないです」だから 「いいです」は「いくないです」になるものと日本語学習者は当然思ってしまう。しかし 「いくないです」は方言として用いられているところもあるようだがやはり不自然であり、 「よくないです」と教えなければならない。ホントややこしい。「なぜですか」と質問してくる 生徒さんの気持ちもよく分る。

  更にまだまだ大変である。はっきり分らない場合の推量表現の作り方として「い形容詞」 は「い」を取って「そう」付けると教える。例えば目の前のラーメンを見て「おいしい」は 「おいしそう」、また雪が降っている外を見て「寒い」は「さむそう」である。すると「よい」は・・・。当然「よい」は「よそう」になってしまう。これでは別の意味になってしまうからであろう・・・、 幼稚園などで習った記憶は全くないが、日本人は「よさそう」とちゃんと「さ」を入れるので ある。でもどうして「さ」が入るのか・・・。そしてまた何故か「いい」の「いさそう」は決して 使わないのか・・・。「なぜ・・・、どうして・・・、難しい・・・」生徒さんの悲鳴が聞こえて きそうである。誠にこの「良い・いい」という形容詞は日本語教師にとってはとても厄介な 物であり、一苦労するところである。

更に中級から上級ではこの「よい」と「いい」の複雑な使い分けが待っている。「あの人は よい人です」も「あの人はいい人です」も両方使えるが「人」を「やつ」に変えると・・・ 「よいやつだ」とはいわず「いいやつだ」である。また「よい年をして」とはあまりいわず、 なぜか「いい年をして」となる。「どうしてですか」と質問されると本当に困ってしまう。 確かに「いい気味だ」というが「よい気味だ」とは使わない・・・、しかし「心地よい」も 「心地いい」も両方使えるような・・・「うーん」確かにややこしい。我々日本人はどう 使い分けているのであろうか・・・。

一般的には「よい」は書き言葉に用いられ、「いい」は話し言葉に用いられると言われ ており、「よい」のほうが格式ばったフォーマルな感じがする。また「よいやつだ」や 「よい気味だ」とは言わず「いいやつだ」や「いい気味だ」を用いるのであるから「いい」は かなり俗っぽい言い方をするとき使うのでは・・・。

しかし日本語教師としては「よい」と「いい」の使い分けなど「どうでもいいですよ」と教え たい。でも「どうでもよいですよ」とは言わず、やはりよくないので、違いをいくではなくよく 教えなければならない。


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