矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語54


☆ 「ビールを飲みたい」はダメ・・・?

「日本語が話せる」と「日本語を話せる」はどう違いますかは可能表現に関する日本語学習者の質問の定番である。すなわち助詞の「が」と「を」の違いである。これは日本語教育において可能表現を教えるときの大事な項目であり、例えば「ひらがなを書く」の可能表現は「ひらがなが書ける」と教えるのが一般的である。確かに「ひらがなを書ける」よりは「ひらがなが書ける」のほうが我々日本人にとっては自然な感じがする。でも別に「ひらがなを書ける」も文法的には誤りではないので・・・、しかし可能表現の否定形になるとちょっと様子が違ってくる。

例えば「ひらがなを書けない」や「納豆を食べられない」はかなり違和感を持つ方が多いのでは・・・。やはり「ひらがなが書けない」や「納豆が食べられない」のほうが落ち着く。なぜですかと聞かれると困ってしまうのだが、「が」は前のものを強める働きがあるので・・・。やはり日本語教育において普通文を可能文にする場合は「を」が「が」に変化しますよと強調したほうが無難である。

そして更にこれが会話になるともっと複雑である。例えばビールを「どうぞ」と勧められたとき「ビールが飲めません」では何となく奇妙な感じがしてしまう。この場合は「ビール、飲めません」と助詞の「が」など省いたほうがはるかに感じがいい。これは表現を和らげようとするものであり、ぼかし効果を狙った「無助詞の用法」と言えよう。またこのような場面で「が」の変わりに同じ助詞の「は」を使ったら・・・「ビールは飲めません」では何か他の飲み物を催促しているようで、何となく変な雰囲気になってしまう。確かに「ビールは飲めません」と言えば「何か他のものは飲めるのかな・・・」と日本人は自然に感じてしまうのだから不思議である。いわゆる「は」の効果であるが助詞の使い方は学習者にとって非常に厄介で難しい。

表題の「ビールを飲みたい」と「ビールが飲みたい」の違いもよく話題になる。やはり願望を表す言い方なので「ビールが飲みたい」のほうが自然ですよと教えているのだが・・・その違いを説明してと言われると困ってしまう。しかし日本人はちゃんと使い分けている。例えば「ゆっくり」を使った場合「ビールがゆっくり飲みたい」は何となく座りが悪く、「ビールをゆっくり飲みたい」のほうが自然に感じる。では「どうしても」はどうであろうか。この場合は逆に「ビールをどうしても飲みたい」よりは「ビールがどうしても飲みたい」のほうがぴったり感じるのでは・・・、「どうしてですか」と質問されると「うーん」と唸ってしまう。日本人はちゃんと違いは感じているのだが・・・。

中級レベルの生徒には「ゆっくり」や「どうしても」などの言葉は「ビール」と「飲みたい」の間に入れないで文の最初に持ってきて、

「(ゆっくり・どうしても)ビール(が・を)飲みたい」

こうすれば「が」でも「を」でもどちらもいいですよと教えている。確かに日本人は状況によって使い分けているのだが・・・。

しかしやはり「どうしても」と「ゆっくり」に何か違いがあるのでは・・・、この違いを「どうしても」後で「ゆっくり」解明しなければならない。


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