矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語52


☆ 「ご苦労さま」はやはり失礼・・・!

 バンクーバーの春の祭典「サンラン」に毎年参加している。これは市民参加の10キロマラソンで5万人近くの人がダウンタウンのど真ん中を思い思いに楽しく走る春のビッグイベントである。残念ながら今年は小雨降る肌寒い天気になってしまい、雨と寒さに悩まされながらも何とかゴールへたどり着いた。スタート前やゴール地点で何人かの生徒さんとも会い、早速健闘をたたえあう「祝、完走会」が始まった。「ご苦労さん、完走した感想は・・・」と聞くと、ある生徒から「頑張りました。でもときどき寒かったです」の答えが返ってきた。「うーん」確かに寒かったけど「ときどき寒かった」は何となく気になる。

 この「ときどき」は中級レベルの学習者にとってはなかなかやっかいである。「日本語はときどきむずかしいです」「おすしはときどきからいです」こんな文を作ってしまう。この表現確かに何となく落ち着かない。でもどうして日本人はこの文を不自然に感じるのであろうか・・・。「どうしてダメなんですか」と改めて聞かれると困ってしまう。

  この「ときどき」は「日本にときどき帰る」のように動作の回数を表す言葉なので、形容詞には使えず、動詞と一緒に使わなければならない。しかしこんなこといちいち意識したことはないが、「日本語はときどきむずかしいことがあります」と云えば確かに一応落ち着く。これをどう説明すればいいのか・・・。ときどき頭が痛いです、ではなくて、ときどき頭が痛くなります、である。 そして更に上級者からこんな質問も受けてしまった。生徒さん達に「ご苦労さん」と話しかけているのを聞いて、「先生、『ご苦労さま』と『お疲れさま』はどんな違いがありますか・・・」、また「今日みたいにマラソンなどした後は『お疲れさま』のほうがいいのでは・・・」である。なかなか鋭い質問に参ってしまった。これは日本人にとっても会社などで話題になっている、間違いやすい言葉のひとつである。

  この表現は歌舞伎の慣習からきたといわれており、後輩は先輩に対して「お疲れさま」、そして先輩は後輩に「ご苦労さま」と返すのがしきたりだったとのこと。だから「ご苦労さま」は文字どおり、苦労をかけたな、という上位者が下位者をねぎらう言葉として使わなければならない。「ご」や「さま」が付いているので日本語学習者はこの言葉は最高の敬意を表していると思ってしまい、授業が終わったときなどに「先生、ご苦労さまでした」といってしまうのである。しかしこれはやはり先生に対して失礼になってしまう。これに対して「お疲れさま」は、とてもお疲れになったでしょう、という「いたわり」の気持ちを含んでおり、上司や先生などにはこちらを使わなければならない。

  しかし最近はこの区別がかなりあいまいになってきており少し怖い感じがする。すなわち「ご苦労をおかけして申し訳ない」という気持ちを「ご苦労さま」で目上の人に対して使い、一方「疲れさせてすまなかった」というねぎらいの気持ちを「お疲れさま」で表す・・・。なるほどね。しかし上下関係がうるさい日本の会社では、しっかり「違い」を意識しなければ勤まらない。やはり日本語はときどきむずかしい・・・。


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