矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語51


☆ 「全然」の嘆き・・・

 初めて日本で長期滞在を経験した日本語上級者が「先生、日本語の省略語って本当に面白いですねと・・・」と話しかけてきた。中級レベルの時は「スカトレ」(スカイトレイン)や「ロンドラ」(ロンドンドラッグ)などを聞いてとてもイヤがっていたのに・・・、どうしてと聞くと、日本で友達から「スタバに行こう」といわれてとっさに「スタンドバー」の略だと思い「私お酒飲めません」と答えてしまった。まさか「スターバックス」のことだとは夢にも思わず、逆に会話が盛り上がったとのこと。日本に住んで、何でも短くしてしまう省略語に何となくはまってしまったらしい。

そして「マクドナルド」のことを関東では「マック」、関西では「マクド」と言い方が違うんですよと彼女から教わってしまった。更に「メリクリ」(メリークリスマス)や「アケオメ」(明けましておめでとう)もメールなどに使うのは知っていたが、彼女いわく、日本では若い人の日常会話にも結構使われていると聞いて驚いてしまった。そして最後にチラッと皮肉っぽくこんな質問を・・・、「全然おいしいです」は間違いですよね・・・である。日本の友達同士の会話の中でよく耳にしたようで、日本語学校で「全然の後ろは必ず否定形ですよ」と厳しく教えられた彼女にしてみれば「全然おいしい」はとても気になったのであろう。ちょっと「痛い」質問である。

 確かにこの「全然」は昨今いろいろ取り沙汰されている言葉である。日本語教師養成講座を受講している日本の生徒さんと話をしていると「全然大丈夫です」とか「全然平気です」などの表現がよく出てくる。そんな時「え、全然・・・」というと、舌をペロっと出して「すみません」というのである。若い人でも皆さんこの「全然大丈夫」がおかしな言い方だと分かっているのだが・・・。私もこの「全然」の後ろには打ち消しの言い方や否定的な意味の言葉が来るものと信じて疑わず、日本語教師として生徒さんにそのようにずっと教えてきた。

  この「全然」は言葉の乱れの一つとして大いに気になるところであった。しかしいろいろ本を読んだり、調べていくうちにこの「全然」の問題はそう一筋縄ではいかない思いがしてきた。現在の日本人は大部分の人が「全然」は打消しや否定的な語とセットで使うものと思い込んでいる。「でもなぜ・・・」。明治や大正時代はどうもそんな決まりはなく、夏目漱石や森鴎外なども「全然」を必ずしも打消しと一緒に使っていない。作品の中に「生徒が全然悪い」や「全然同じ」などと書かれおり、「全然」は「全く」と同じで肯定にも否定にも使われていたのである。

  ではどうして今の我々日本人はこの「全然おいしい」に目くじらをたてるのであろうか・・・。こうなるとなかなか明快な説明をしている専門家はいらっしゃらない。言葉はその時代の人々の生活感などがいろいろ影響して変化していくものである。今の若者世代はこの「全然」を否定的な枠に入れたくない感覚を持ちつつあるのであろう。明治の人達と同じような・・・。すると生徒さんには「全然よくない」も「全然いい」も「全然ダメ」もみんな「全然オーケーですよ」と教えたほうがいいのでは・・・。一体「私」はどうすれば・・・、「全然」の嘆きが聞こえてきそうである。


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