矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 45

☆ 「行く」と「来る」

日ごろの日本語学習の成果を試す「日本語能力試験」は毎年12月に行われる。今年もそろそろラストスパートをかけなければならない時期になり、受験者にとってはいろいろ大変である。今回上級レベルを受験する生徒さんを気分転換も兼ねて日本食を食べに誘った。
ビールでも飲んで「合格前祝」をしようということになり、彼が「2本のビールをください」と注文した。そこで「そんな言い方をするとアサヒやキリンなどの日本(2本)のビールがきてしまうよ」と注意したのだが・・・。残念ながらこのダジャレは分かってもらえなかったが、この表現は確かに日本語としては違和感がある。我々日本人は「ビールを2本ください」と数詞は後にくるのだが、英語は「two bottles of beer」であり、数詞は常に最初にくるので生徒さんが「2本のビール」と言いたくなるのもうなづける。

これがいわゆる「母語の干渉」と言われているもので、自分の母語が邪魔をして学習している言語に影響を及ぼす現象である。日本語と英語に関してはその代表的なものが表題の「行く」と「来る」である。カナダ人の家にホームステイしていた日本人が食事の用意が出来たと言われて日本語では「いま、行きます」の発想から「I’m going now」と言ってダイニングルームにいくと食事はもう片付けられてしまって・・・、英語学習に関してよく聞く話だが確かにこの表現では英語では「いま、出かけます」になってしまい、「I’m coming now」と言わなければならない。

  しかしこの母語の干渉はお互いさまであり、英語を母語としている日本語学習者にも同じ悩みがある。授業の時間に遅れている生徒さんから学校に電話がかかってくる。「先生、すみません、道路が混んでいて・・・、でもすぐ来ます」である。英語の発想では「come」を用いるので「来る」となってしまうのである。さて、どう注意しようか・・・。やはり言葉が持つ文化を意識してもらわなければならない。

  しかしこの「行く」と「来る」は日本人同士でも結構ややこしい。「そちらに行くから」を地方によっては「そちらに来るから」と「来る」という動詞を用いて「そっちさ来るでな・・・」などと言っているところもかなりあり、標準語からすると大いに戸惑ってしまうが、日本の中でどうして英語と同じような発想をする言葉遣いがあるのかとても興味深い。この方言を使っている人は英語の「go」と「come」の使い分けはとても簡単に違いない。

  そしてもう一つ母語の干渉の定番といえば、否定疑問文における「はい」と「いいえ」である。「この書類はもういりませんね」の質問に英語を母語としている学習者は「いいえ、いりません」と答えてしまう。日本語的には「はい」と答えてもらわなければ・・・。しかし英語ではどんな場合でも、答えが否定であれば必ず「No」であるから「いいえ」となってしまうのも理解できる。

これも正にお互いさまであり我々日本人もすごく嵌りやすい大きな落とし穴で、要注意である。確かに空港などの通関手続きの際に「麻薬など持っていませんね」と英語で質問されて日本語式に「Yes」などといったら大変なことになってしまう。


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