矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 39

☆ 「知る」と「分かる」


先日ある中級レベルのクラスでこんなやりとりがあった。「きのう何をしましたか」・「ラストサムライを見に行きました。先生、ケン・ワタナベを知りますか」である。「うーん」これは日本語教育において教師がはまりやすい落とし穴のひとつである。我々日本人は「〜を知りますか」などとは絶対言わず、質問文の場合「〜を知っていますか」を必ず使う。こんなことごく当たり前のことだが、しかし日本語学習者にしてみれば、「行く」は「行きますか」、「見る」は「見ますか」と勉強したので当然「知る」は「知りますか」を使ってしまう。必ず質問文には「知っていますか」を用いて、例えば「田中さんの電話番号を知っていますか」と教えなければならない。

 しかしまだまだ落とし穴が待っている。このように教えると、その答えは「はい、知っています」、「いいえ、知っていません」となってしまう。「はい」の場合は問題ないが、「いいえ」の場合「知っていません」はちょっと気になる。状況によっては使えなくもないが、何となくつっけんどんな応対になってしまい日本語教師としてはあまり教えたくない。このようにこの「知る」という動詞はとてもややこしい。質問文は「〜を知っていますか」であり、その答えは「はい、知っています」、「いいえ、知りません」と教えなければならない。

 そしてこの「知る」に「分かる」という動詞が絡んでくると更にややこしくなってくる。微妙な意味の違いも意識してもらわなければならないが、とりあえず「知る」は助詞が「を」、「分かる」は「が」と教えているのだが使い方もいろいろややこしい。

「知る」の場合は「〜を知っていますか」だが、「分かる」の場合は例えば「日本語が分かっていますか」よりは「日本語が分かりますか」のほうを教えたい。でも「知る」は「知っていますか」と勉強したのに「分かる」は「分かっていますか」がどうしてダメなのか、生徒さんの気持ちもよく分かるのだが・・・。確かにこの「分かっていますか」を使うと我々日本人は「そんなこと分からないのか」と何となくとがめられているような感じがして・・・、例えば「添付の仕方分かっていますか」などであり、やはり使わないほうが無難である。

更にその「日本語が分かりますか」の答えもいろいろ複雑である。基本的には「はい、分かります」と教えているのだが、「はい、分かっています」との違いは・・・。この「分かっています」は「そんなことは当たり前、今更質問されたくない」こんな気持ちが含まれているので何となく失礼な感じがする。でも日本語上級者には、もし「日本語が分かりますか」などと質問されたら「はい、分かっています」と答えてもいいですよと教えなければ・・・。

また自分ではコントロール出来ない決まりごとなどには「分かります」より「分かっています」が使われる。例えば「明日から夏時間、分かっていますか」であり、その答えも「はい、分かっています」のほうが自然である。もちろん言葉であるから言い方や表情、更にはお互いの関係などによって変わってくるのも当然である。「〜わかっている?」・「わかっているよ」 この会話、恋人同士と熟年夫婦ではずいぶん雰囲気が違ってしまうのでは・・・
上級者は「さしあげる」という敬語を使えば全て大丈夫と思ってしまうのだが「席を譲ってさしあげます」は逆に皮肉さえ感じてしまう人も多い。ここが上級者には文化が絡んだとても大きな落とし穴である。

このように「丁寧に話す」ということは尊敬語や謙譲語を正しく使えるだけではなく、様々な文化的な決まりごとも理解してもらわなればならない。 授業が終わったあと「先生、授業ご苦労様でした」 うーん、目上の人に「ご苦労様」というねぎらいは・・・。


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