矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 31

☆ 「さ付き言葉」

日本の友人の結婚式に出席した日本語上級者からこんな質問を受けて困ってしまった。「それではこれから乾杯の音頭をとらせていただきます」は間違いですよね?である。まだまだ新米教師のときであり、何が間違いなのか全く分からず、正に教師の面目丸つぶれであった。事実この表現に違和感など持つ日本人はほとんどおらず、逆にとても丁寧な表現だと感じる人が多いのではと思う。

しかし文法的に調べてみると確かにこの表現は間違いである。
これはいわゆる使役形の作り方であり、使役表現は日本語教育の後半段階における重要項目の一つである。

例えば「作る」という動詞は「母が子供に料理を作らせる」であり、「食べる」という動詞は「母が子供に野菜を食べさせる」となる。

ここで昔習った国文法を思い出していただきたい。「作る」は五段活用動詞だから、使役形の作り方は「せる」を付けて「作らせる」であり、一方「食べる」は一段活用動詞であるから、「させる」を付けて「食べさせる」である。でもこんなこといちいち覚えている日本人はほとんどいないし、意識もしていないが日常会話の中で間違えることなどもほとんどないのである。

この使役文は先生が生徒に、上司が部下などに使うものであり日本語学習者は自分が日常会話の中で使う場面はほとんど無く、必要性はとても少ない。しかし上級者になるとこの使役構文はとても大事になってくる。いわゆる丁寧な表現方法であり、この使役形に「〜てください」や「〜ていただきます」を組み合わせると非常に丁寧度の高い言い方になり上級者にはとても便利な表現である。

冒頭の「乾杯の音頭をとらせていただきます」であるが、この「とる」という動詞は五段活用動詞で、使役形は「とらせる」であり、「乾杯の音頭をとらせていただきます」が正しい表現である。
「とらせて」のように間に「」が付いてしまった、これがいわゆる「さ付き言葉」である。

ではどうしてこんな言い方が流行ってしまったのであろうか。
これは一段活用動詞の影響を受けて五段活用動詞も「〜させて」になってしまい、更にこの表現がとても丁寧な感じを持つからであると言われている。確かに「乾杯の音頭をとらせて〜」よりは「乾杯の音頭をとらせて〜」のほうがより丁寧だと感じる方も
多いのでは・・・。

このようにこの「さ付き言葉」は文法的には大間違いであるが、会話における「丁寧さ」を最優先と考えると今後ますます広まっていくと言われている。でも日本語学習者は使役形の作り方はちゃと勉強しているのである。

「それでは今回のエッセイはこれにて終わら せて」じゃなくて
「終わらせていただきます」


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