矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 29

☆ 「殿」と「様」

「You=あなた」と理解している日本語学習者はとても多いというよりはほとんどである。実際「あなた」を「You」と訳している教科書が大部分であり、また英語ではこの「You」は第二人称として頻繁に使われるので生徒さんのそんな理解も大いにうなづける。
しかし「先生、あなたの趣味はなんですか」などといわれると一言注意したくなってしまう。

ある上級レベルのクラスを受け持った最初の授業のとき、ある生徒さんが「あなたのご住所はどちらですか」と質問してきた。すでに敬語も勉強している上級クラスなので、「その言い方はとても失礼ですよ」とかなり強く注意したのである。彼女は「ご住所」 「どちら」などちゃんと敬語を使っているので怒られたのが信じられず、「どうして失礼なんですか」と食い下がって来た。「あなた」がだめですと説明したのだが・・・
確かに英語を母語としている生徒さんは戸惑ってしまうであろうが、我々日本人は「あなた」という言葉を上司やお客には決して使わない。どちらかというと同等以下の人に使っている。
しかし昔はこの「あなた」は上の人などにも広く使われていたらしい。事実辞書には「目上や同輩である相手を敬って指す言葉」とある。しかし時代とともに言葉の意味もどんどん変化しており、辞書の新版には「現今は敬意の度合いが減じている」と説明が加えられている。現在では奥さんが旦那さんを呼ぶときぐらいしか使われていないのでは・・・。 やはり「あなた=You」ではないのであり、日本語教師の役割も大切である。

しかし弔辞には依然としてこの「あなた」が使われている。明かに上位者である故人に対しても堂々と用いており、これは故人になったことによりいろいろな人間関係のしがらみがなくなり本来の目上の人を指す姿が顔を出してくるのであろうか。
また表題の「様」と「殿」であるが、 どう使い分けるのか?
どちらが上なのか?ビジネスレターを書く場合の質問の定番であり、確かに日本人にとってもややこしい。昔は「殿」のほうがはるかに上位であったのは事実であろうが、 現代ではむしろその関係は逆転している。「殿」のほうが低いと感じる人が多いと言われており、実際離れて住んでいる息子に手紙を出す場合息子の名前に「様」よりは「殿」を使いたいと感じる父親が多いとのこと。 明らかに「殿」の敬意がどんどん低くなっている。 そして昨今では下の人にもほとんど使われなくなってきている。

ただ表彰状の場合や〇〇部長殿などには今でも堂々と使われているのだが。
  こんな説明をしたあと、ある生徒さんが、 分かりました。 「様」のほうが敬意が高くよく使われるんですね。 では「貴様」のほうが「貴殿」よりも敬意が高いんですかの質問である。
ホント嫌な生徒である。


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