矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 27

☆ 「夫婦げんか」と「敬語」 ?

 よく夫婦喧嘩に敬語が出てくると深刻だと言われている・・・。
確かに「うるさいな、忙しいんだ!」「何よ、その言い方・・・!」こんな口げんかはそれこそ犬も食わないが、これが「あなた、今なんとおっしゃいました」と敬語口調になってくるとちょっと・・・。
敬語は人間関係を滑らかにする潤滑油であり、日本語教育の中でも重要項目の一つであるが、日本人でもあまり意識していない側面もあり、なかなか教えるのも難しい。

例えば子供のころ親に「太郎ちょっとこっちに来い」などと呼ばれても別に何も感じないが、「太郎さん、ちょっとこちらにいらっしゃい」などと敬語を使って呼ばれると「なんかヤバイな・・・」と子供心に感じた方も多いのでは。でもなぜなのだろう?

これに関して日本語学習者の生徒さんからこんな話をきいたことがある。彼女は日系2世で名前も日本名であり、顔もまったくの日本人。日本語力も上級でスチュアーデスをしているのだが、こんな経験が・・・。

あるとき飛行機の中で酔っ払った客にお尻を触られ、「なにするのよ、やめてよ」と大きな声で怒鳴ってしまい、ちょっとお客ともめてしまった。仕事が終わった後上司に呼ばれて、あんなときは「お客さん、今なにをなさいましたか?」と敬語を使いなさいとたしなめられたらしい。たしかに私自身そんなことした経験はないが、もしそんな言われ方をしたらかなり効果的な感じがする。しかしカナダ生まれの彼女にとって、そんなときに敬語を使うのはどうしても合点が行かないのも当然であろう。

敬語を相手との距離として教えることも特に上級者には大切である。いわゆる敬語は使えば使うほどいいというものではなく、使うと相手との距離がどんどん離れていき、皮肉にさえ聞こえてくるということである。

例えば「〇〇先生はいまご病気でご入院されていらっしゃいます」などといったら、もちろん言い方にもよるが、裏に「いい気味だ」の皮肉が隠されているような・・・。また逆に距離を縮めたい一心から、デイト中いつ彼女をファーストネームで、しかも呼び捨てで呼ぼうか頭を悩ませた中高年の方も多いのでは・・・。敬語の効用である。

日本語教師養成講座の中でもそんな敬語の話をしているのだが、あるとき日本で社長秘書をしていた生徒さんから面白い話を聞いた。

その社長はときどき秘書のお尻を触るクセがあり、そうされそうになったときは[社長、そちらはお尻でございます」と言うように秘書の引き継ぎ事項の中にあるとのこと。思わず笑ってしまった。もちろん怒ってしかるべきなのだが、なんとなくカドが立たないように敬語の効用を武器として注意を促す・・・。

日本人が持つ敬語を使う上での素敵な知恵なのかもしれない。


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