矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 16

☆ お母さんはMother?

 「リリー、こっちだよ」「トム、こっちのほうがいいわよ」スカイトレインに乗ってきたかなりお年寄りの夫婦の会話である。カナダに移住して間もないころでもあり、若いカップルならいざ知らず、ファーストネームで呼び合うこの会話になんとなく違和感を覚えた。日本人夫婦の会話であればさしずめ「ばあさんや、こっちだよ」「おじいさん、こっちのほうがいいわよ」こなん会話になるのでは・・・。
人の呼び方、いわゆる呼称文化の違いである。

このファーストネームで呼び合うことは確かに便利であるし、個人尊重の立場からもこれはとても大事なことなのであろう。日本の若い世代はかなり慣れてきているように思えるが、 中高年世代にはまだまだ戸惑いを感じる方も多いと思う。事実妻の実家に行って、妻のことをどう表現するか、また人込みの中に妻や夫を見つけて、なんと声をかけたらいいか困ってしまった経験をお持ちの方も多いのでは・・・。

私も日本でPTA活動をしていたとき、メンバーのお母さん方によく電話をかけたのだが、電話口にいかにも子供の声が聞こえてきたら、「お母さん いる?」と言える。しかし男のしかも大人びた声が聞こえると困ってしまう。「お母さんは?」と言うと「あ、妻ですか」思わず「あ、失礼しました・・・」。もちろん逆の場合もあり何回となくバツの悪さを味わったものである。こんなとき、ファーストネームを使えればとても楽な気がする。

カナダでもこんな経験がある。日系二世の友人宅に招かれ食事をごちそうになった。そして翌日礼状に「奥さんの手料理とても美味しかったよ」と書いて出したのだが、これに関して彼から質問がきた。日本では奥さんの名前を言わないのかである。こちらでは例えばキャサリンの料理はおいしかったなどと具体的な名前を使うのが普通であり、またそのほうが本人もうれしいはずだが・・・である。
確かにその通りだと思う。しかし日本で「花子さんの・・・」、まして 呼び捨てで「花子の料理は・・・」などと言ったら家庭騒動にもなりかねない。まさに文化の違いを思い知ったのである。

このファーストネームを使う文化にあまり馴染みのない日本では人の呼び方がかなりややこしい。例えばお互いに名前で呼び合っていた夫婦でも子供が出来たら「お父さん、お母さん」になってしまい、ここに実際の父親や母親が同居してくるとより複雑になってしまう。

母親が子供の母である娘に 「お母さん、太郎のご飯は?」子供の前ではこんな表現も可能である。この家にホームステーした日本語学習者はきっと目を丸くするに違いない。

「お母さん」って一体誰なの。本当はmother じゃないのかも・・・。


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