矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 15

☆ 「赤ちょうちん」と「晩酌」

 SFUのハーバーセンターでビジネス日本語を教えていたとき、ある生徒が「先生、日本のサラリーマンは家に帰るとき、よくお酒を飲みますね」と話しかけてきた。私が
日本で長年サラリーマンをしていた事を知っており、日本のサラリーマンをやや皮肉った響すら感じられる言い方であった。事実その生徒はそんな皮肉の一つも言える上級者であり、「そうね、先生もよく飲んだよ」と答えざる得なかったのである。しかし次の質問に驚いてしまった。
「それを晩酌というんですよね」である。そーか、皮肉でもなんでもないんだ、こんな上級者でも「家に帰るとき」と「家に帰ったとき」の違いが分かっていないんだ・・・。

 確かにこの「とき」が入っている文は、学習者にはなかなか難しく、日本語教師泣かせである。例えば「バンフに行くとき、 セーターを買います」と「バンフに行ったとき、セーターを買います」の違いは我々日本人にはすぐ分かるのだが、特に時制にうるさい英語を母語とする生徒にはとても分かりにくい。「バンフに行ったとき」と言ったらどうしても「買いました」と過去形を続けたくなるのである。
「行くとき」と「行ったとき」の違いはこの場合は単に セーターを買う場所が違うだけなのだが。

 こんな教え方をしている。「いただきます」と「ごちそうさま」の挨拶言葉の力を借りて、「ごはんを食べるとき、“いただきます”といいます」「ごはんを食べたとき、 “ごちそうさま” といいます」である。大事なのは食べる前なのか、後なのかであり、もちろんこの両方の挨拶の意味がはっきり分かっていなければ困るのだが・・・。

 冒頭の「家に帰るとき、お酒を飲みます」は家に帰る途中で飲むわけであり、この例文から一杯飲み屋いわゆる「赤ちょうちん」を理解させることができ、「家に帰った
とき、お酒を飲みます」は家で飲むのであるからこれがいわゆる「晩酌」だと説明出来るのである。
偶然にも生徒のちょっとした誤りから「赤ちょうちん」と「晩酌」の違いを表すなかなかおもしろい例文を思いつ いたわけであり、正に生徒さまさまである。

 しかしまだまだやっかいなことが待ち受けていた。
この問題である。  正解は「旅行に行ったとき、お土産を買います」であろうが、このお土産を手みやげと考えれば「旅行に行くとき、おみやげを買います」 でも通じないことはない。
この点英語はちゃんと souvenirpresent に区別されており、とても分かりやすいが、日本語はこの二つの区別がなく文脈から判断しなければならないので大変である。 では 「冥土のみやげ」 は英語では・・・


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