矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 13

☆ 「宿題」と「食べ放題の店」

 日本語教師として教室を離れて生徒さんと食事などするのも一つの楽しみである。いわゆる課外授業の一環として、ある上級レベルの生徒と夕食を新装開店のお寿司の食べ放題(All you can eat)に行った。そしてお寿司を食べながらこんな会話が始まった。

「よく食べるね」「はい、たくさん食べられるように昼ごはんを食べませんでした」 そしてすかさず彼からこんな質問を受けてしまった。 
先生「食べてきませんでした」と「食べないできました」とはどう違うんですか、である。
このとき私の脳裏に昔のある授業風景が浮かんだ。
それは・・・。

中級クラスの教室で、いつものように「皆さん、宿題はちゃんとやってきましたか」こんな質問で授業を始めた。「ハイ、やってきました」「すみません、忘れました」いつもの聞き慣れた返事が返ってきたのだが、ある女性の生徒が「先生、やらないできました」と答えた。「おや」と思いながらも、何となくヤナ感じを受けたので、それを言うなら「やってきませんでした」と言いなさいと注意したのである。

しかしこのA子さんの言い分は「宿題はやらなかった。
そして学校に来た」 だから「やらないできた」のほうが良いのでは、である。「やってきませんでした」は今ここに来ているのだからおかしいのではと逆に質問を受けて
しまった。うーん。なるほど確かにそう言われると・・・、これは一理ある。「やらないできました」のほうが筋が通っている。でもとても失礼な印象を受ける。困ってしまった。とりあえず丁寧な表現ではないから使わないでと説明したのだが・・・。

ではなぜ「やらないできました」が丁寧さに欠ける表現と感じるのであろうか。ここで先程の食べ放題のお寿司屋に戻る。

この場合は「食べないできました」のほうがぴったりする。
これは何か目的があって意識的に昼ごはんを食べなかった、すなわちお腹をすかせてこの食べ放題の店でたくさんお寿司を食べようという意図が強く感じられるからである。
一方「食べてきませんでした」は意図的な感じはなく、一つの動詞「食べてくる」の単なる否定形である。

すると「宿題をやらないできました」は意図的に何か目的があってわざとやらなかったという印象を与えるわけであり、宿題を出した側にしてみれば失礼に感じるのは当たり前であろう。

しかしこんな宿題全然勉強にならないから、意識的にやらなかった、そんな場合であればこの表現はぴったりなのかもしれない。

あ、そうか、彼女は暗に「先生もっと良い宿題を出してよ」と言いたかったのかも・・・。
日本語の言い回しの妙に恐れ入る。


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