矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 5

☆ 「あなた、お茶を・・・」

 国語の辞書で動詞を調べてみるとどんな辞書にも必ず自動詞か他動詞かが明記されている。しかし日常会話においてそんなことをいちいち意識して動詞を使っている日本人はいないと思う。そもそも自動詞や他動詞というものにまるで馴染みがない。まして特別学んだ記憶もないが、「火が消えている」と「火が消してある」では明かに違いが分かるのである。しかしこれを外国の人に教えるとなるとなかなか難しい。

まずこんなふうに教えている。マッチを用意し火をつけて灰皿に入れる。自然に消えるのを待って「火が消える」を、今度は火のついたマッチを手に持ち「熱い」と言って息で火を消し、何か目的がある時に「火を消す」を教えるのである。

  しかしこの自動詞・他動詞は文化と強く結びついているように思えてならない。一つの例として「お茶が入った」と「お茶を入れた」である。家庭で多くの奥さんは旦那さんに「あなた、お茶が入ったわよ」と自動詞表現を用いていると思う。これは自然にお茶が入った感じであり、旦那さんにしてみれば「うん」と言えばいいのである。でももし「あなた、お茶を入れたわよ」と他動詞表現を使ったら、そうはいかない。
「あなたの為に」の目的が強く感じられ、旦那さんは「ありがとう」と言わなければ奥さんは怒るであろう。
旦那さんにさえ「ありがとう」を言わせない驚くべき配慮、いわゆる日本女性の奥ゆかしさを示す独特な表現なのであろう。

こんな話しも聞いたことがある。日本語上級者が日本に行ってアパートを借りた。その大家さんは人情味あふれる昔気質の人であったらしい。冬になり寒いだろうと親切にも押し入れにあった古いストーブを彼女に貸してくれた。
しばらくして急に火がつかなくなり、彼女は大家さんに「すみません。ストーブが壊れました」と言ったのである。

翌日からわざと大家は態度を冷たくしたのだが、もちろん彼女はなぜだか理解できるはずがない。しかしもし彼女が「すみません。ストーブを壊したみたいなんですが」と言ったとしたら大家さんも「あなたのせいではないよ」といかにも日本的な会話が続いたのであろう。ちょっとした言葉づかいの大切さである。

しかし交通事故のとき先に謝ったら負けの文化を持つ彼女に壊してもいないのに「ストーブを壊した」と言わせるのも何か酷な気がする。文化の違いを教える難しさを感じるのだが、日本文化もどんどん変わって来ている。先程のお茶の話しも近い将来は「あなた、お茶を入れて!」になってしまうのかも・・・。


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