矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 3

☆ 「カラスの赤ちゃん」

日本語教師養成講座の中で必ずこんな質問をしている。「テーブルの上にりんごがあります」を英語で何といいますか? 大部分の生徒はそんなの簡単ですよと言わんばかりに「There is an apple on the table.」と答える。そこですかさず私は「ひとつ」なんて誰も言ってませんよ。では、次は「公園に子供がいます」は何と言いますか。ここで生徒は小生が何を言おうとしているのか、 理解してくれるのである。

英語は単数なのか複数なのかはっきりしなければ基本的に文が作れないのである。 ここに日本語と英語の大きな違いがある。いわゆる英語は「単数・複数」がとても気になる言語であるが、日本語は単複などにはあまりこだわらない言語なのであろう。確かに「古池やかわず飛び込む水の音」の句を聞いて蛙が何匹かなどと気にする人はあまりいないように思える。でもこれを英語に訳すとなると・・・。

一方 日本語は「いる ・ ある」にやたらうるさい言語である。りんごは「ある」 なのに、 子供は「いる」である。逆に英語や他の外国語はこんなことにはまるで無頓着である。この「いる・ある」表現は日本語独特の文化と言っても過言ではないだけに、これを教えるとなるととてもやっかいである。もちろん「子供」と「りんご」の違い、すなわち「生物」と「無生物」の違いを説明すればいいのだが・・・。

でも、「あそこにパトカーがいるから気をつけて」や「間に合ってよかった、バスがいた」などと無生物に平気で「いる」を使っている。 たしかにパトカーやバスが中古車売り場に展示されていれば、間違いなく「ある」を使うのに。こんな擬人化表現をどう説明するか、生徒の反応がすごく気になる。

そしてとうとうこの「いる・ある」に関して非常に困った質問を受けてしまった。「カラスの赤ちゃん」の歌である。歌詞に「カラスは山にかわいい七つの子があるからよ」とある。 どうして赤ちゃんが「ある」なんですか? 思わず唸ってしまった。

国文法ではこんな説明をしている。「ある」には「所有」と「存在」の二つの用法があり、「子供があります」は所有を示している、である。確かに「お子さん何人おありですか」などよく使われている。だから生き物である「赤ちゃん」に「ある」を使っても間違いではないのだが、やはり「いる」のほうがぴったりする。 上級者でもなかなか理解してもらえないのに、 この 「いる・ある」 文化に全く馴染みがない初級レベルの生徒にはこんな説明は難しく、 かえって混乱を招いてしまう。 日本語教師として初級者がなるべくこの 「カラスの歌」を聞かないようにただただ祈るばかりである。


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