矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 160


☆ 「全然おいしい」はダメなの・・・?


 バンクーバーの日本企業に就職して、しばらく日本に研修に行って
いた日本語上級者が戻ってきた。そして久しぶりの再会である。


 彼女、開口一番「日本とっても良かったです」そして「日本語の
短縮語って面白いですね」である。中級レベルの時は「スカトレ」
(スカイトレイン)や「ロンドラ」(ロンドンドラッグ)などを聞いてとても嫌がっ
ていたのに・・・。なぜ、と尋ねると、日本で友達から「スタバに行こう」と
誘われて、とっさに「スタンドバー」の略だと思い「私お酒飲めません」と
答えてしまった。


 まさか「スターバックス」のことだとは思いもせず、逆に会話が盛り上
がったとのこと。しばらく日本に住んで、何でも短くしてしまう文化に
今はかなり興味を持ったらしい。「コンビニ」もとっても「便利な」言い方
ですね。確かに英語圏の彼女が言うと面白い。


 そして次にちょっと困った質問がきた。「全然おいしいです」は間違い
ですよね、である。日本の友達との会話の中でよく耳にしたようで、
日本語学校で「全然の後ろは必ず否定形ですよ」と教えられた彼女に
してみれば「全然おいしいです」はとても気になったのであろう。


 確かにこの「全然」は昨今、乱れた日本語の代表格として取り上げら
れている。日本の若者と話をしていると「全然大丈夫です」などの表現
がよく出てくる。そんな時、注意すると、「すみません」というのである。
若い人でもかなりの人はこの「全然大丈夫です」が文法的には間違っ
た表現だと分かっている。


 私もこの「全然」の後ろには打ち消しの言い方が来るものと信じて
疑わなかったが、いろいろ調べているうちに、この「全然」はとても複雑な
奥の深い問題のような気がしてきた。


 現在の日本人は「全然」は否定表現とセットで使うものと学んでき
たが、明治や大正時代は、そんな決まりはなかったようで、夏目漱石は
「全然」を必ずしも打消しと一緒に使っていない。作品の中に「生徒が
全然悪い」などと書いており、「全然」を「とても」と同じように使っている。


 そうすると、この「全然おいしいです」や「全然大丈夫です」にそんなに
目くじらを立てる必要は無い感じもする。一例として、隣の人がぶつ
かってきて、自分が倒れてしまった。相手はものすごく心配して「すみま
せん、大丈夫ですか
?」の答えに「全然大丈夫です」はあまり違和感が
ないのでは・・・。これはこの「全然」に相手の不安感を取り除く効果と
強調の意味を発揮させている感じがする。


 すると、賞味期限切れのお菓子を不安そうに出す相手に、「全然
おいしいです」は逆に素敵な言い方になるのでは・・・。今の若者は
この「全然」にそのような役目を持たせるようにしたのではなかろうか。


 言葉はその時代、時代の人々の生活感などがいろいろ影響して
変化していくものである。確かに「全然いいです」はおかしいと感じる
人も、英語を使った「全然
OKです」はおかしくないのでは・・・。
「全然おいしい」はもう全然問題なし、かも。


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