矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 159


☆ 難しいよ、「結構です」

日本語教師として「結構です」を教えるのは結構大変である。特に
上級者にはその使い方に戸惑いが見られる。例えば「ワインはいかが
ですか」の答えに「結構です」と「結構ですね」では意味がまるで違って
しまう。「ね」が付くだけなのにどうしてこんなに違ってしまうのか・・・
確かにややこしい。

日本人はこの「結構」をいろいろな場面でうまく使い分けている。
例えば八百屋さんで、「これ結構なマツタケね」「いかがですか、奥さん」
「でも結構なお値段ね、今日はお金が無いから結構よ」
「奥さん、お金なんかいつでも結構ですよ」。駄洒落とも思えるこんな
会話、日本人は容易に分かるが、学習者にしてみれば「結構」って
どんな意味なのか、目を白黒させてしまう。

この「結構です」「結構でございます」は本来「良いです」「満足です」
などの丁寧な表現として用いられてきた。「お味のほういかがですか」
「大変結構でございます」などであるが、やはり丁寧な表現であるから、
親しい友達や家族などには使わず、かしこまった雰囲気を出したい
場合に使う表現である。

そして少し意味が変わった使い方として上記の「お金はいつでも結構
ですよ」である。これはいわゆる「
OK」や「大丈夫」などの遠まわしの
表現であり、相手に好意などを示したい場合に用いられる。

例えばお客さんなどに「少しぐらい遅れても結構ですよ」であり、
また先輩などから「一杯、どう?」と誘われて「結構ですね」とちょっと
おどけて喜びを表したい場合などにも結構重宝な表現である。

さらにこの「結構です」は断るなど場合にもよく使われる。そもそも
昔は「結構」という言葉に否定の意味など無かったようだが、時代と
ともに変化してこのような意味も加わり、日本人にとっても結構ややこ
しい表現になってしまった。例えば「もう一杯ビールいかがですか」に
対して「結構です」だが、この場合「もう」などがとても重要な役目を
していると教えなければならない。「もう結構です」ならすぐ分かる。

また「結構なマツタケ」のように「かなり」や「すごい」などの意味にも
使われる。でも「結構な値段」などはかなり皮肉が入り混じった感じが
する。この「結構」は言い方やイントネーションそして顔の表情などに
よっても相手に与える印象が微妙に違ってくるので要注意である。

夫婦げんかなどして少し距離を置きたいときなどこの「結構です」は
大いに威力を発揮する。夫の「今日は遅くなるよ」に対して妻の
「結構でございます」はかなり冷たい、トゲのある表現で相手と距離を
置くのに効果的である。

このようにこの「結構」はいろいろ人間関係に気を配りながら使う
必要があり、日本人にも結構難しい表現なので、生徒は大変である。

先生が「これから漢字の試験をしますよ」に対して、生徒が「結構で
ございます」などと答えたら、先生としては面白くない。日本語教師
としてこの「結構です」はあまりに教えたくない思いである。




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