矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 149


☆ 「すごい楽しい」っていいの・・・?

 日本語上級者と話をしていると言葉に関しておもしろいことやドキッとすることがよく
ある。先日こんなことが話題になった。表題の「すごい楽しい」である。上級者いわく、
「これヘンですよね」、その通り。

確かにこんな言い方は文法的には大間違いであり、日本語教師としては教えない。
「すごく楽しい」である。でも教師養成講座の受講生に聞いてみると使っていると答える
生徒もかなり多い。

事実だいぶ前から「すごい楽しい」や「すごいおいしい」など若者の間で使われており、
スマートフォンなどの普及でさらに拍車がかかっているようである。日本語教師としては
すごく困ってしまうのだが、でもなぜこんな表現が広まってきたのであろう。

間違いだと分かっていても「言いやすいから」と答える人もいる。また「すごい、楽しい」と
二つの言葉として分けて使うのであれば間違いではなく、まず「すごい」と強調して、
自分の感情を強く表現したいときなどに「すごい便利」らしい。気楽な会話やメール
などでは若者言葉としてますます広まっていきそうである。日本語教師としてはすごい
困るのだが・・・。

また、これも昔からよく話題になっている丁寧に断る場合の「とんでもございません」で
ある。例えば社長から「君の家に迎えに行こうか」と言われて、そんなこととんでもないと
お断りする場合、多くの人が「とんでもございません」を使っている。教師養成講座の
授業の中で聞いてみても、九割ぐらいは「とんでもございません」と答える。確かに
「とんでもないです」より丁寧に聞こえる。しかしこの「とんでもございません」も文法的には
大間違いなのである。

先ず日本人は「ないです」という表現にぶっきらぼうな雰囲気を感じる。例えば喫茶店で
「カフェオレありますか」と尋ねたとき、「ないです」と言われると何となく腹がたつ。客に対して
何だその言い方はと文句の一つも言いたくなる。そこで「ないです」よりは少し丁寧な
「ありません」、もっと丁寧に「ございません」を用いるのである。そしてこの発想から
「とんでもない」の「ない」を「ございません」に変えて「とんでもございません」という丁寧と
思われる言い方が作り出されたのであろう。

しかし「とんでもない」は一つのちゃんとした形容詞であり、「ない」の部分だけ勝手に
変えては文法違反である。これは例えば「たまらない」を「たまらございません」や
「やりきれない」を「やりきれございません」と言うのと同じであり、「とんでもございません」は
確かに文法的には大間違いなのである。「とんでもないことでございます」が正しい
言い方だとされているのだが・・・。

しかしこの「とんでもないことでございます」に今の若者はよそよそしさや仰々しさを感じて
馴染めないらしい。言葉は時代とともにどんどん変化して行くものであり、大部分の人が
この「とんでもございません」に違和感が無く、丁寧と感じているのであれば、これはもはや
間違いとは言えず、慣用表現として認められてしまっている。

このように言葉は人々のコミュニケーションの道具としてその時代に合うよう変化する
ことも必要であり、文法的誤用にあまり目くじらを立てることは無いのかも知れない。
でも日本語教師としてはその対応にすごい大変なんです。


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