矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 142


☆ 「行きません」と「行かないです」

バンクーバーで冬のスポーツ観戦といえばアイスホッケーだが、カーリングも
なかなか人気がある。生徒の中にも大好き人間がおり、そんな生徒も交えた
新年会の席でカーリングが話題になった。ルールなどあまり馴染みはないが、
プレーも体験できるイベントが近々あるというのでみんなで行くことにした。

しかし日本の若い女性(教師養成講座の生徒)が「私は行かないでーす」と軽い感じで
発話した。どうもその日はデイトのようである。そしてこれを聞いた日本語上級者からこん
な質問が出た。『先生、「行きます」の否定形は「行きません」ですね。「行かないです」は
もちろん意味は分かりますが、「行きません」とどう違いますか』である。うーん、確かに
日本語教育では「行かないです」などは教えていない。とても困ってしまった。

これは「です」の付け方の変化である。この「です」は昔は名詞にしか付けなかった。
「矢野です」や「先生です」などである。そして形容詞例えば「おいしい」や「楽しい」な
どは丁寧に言うときは「ます」を付けて「おいしゅうございます」や「楽しゅうございます」と
表現していたのである。はるか昔、子供のときに聞いたような気がする。

しかし確かにこの表現はいかにも大げさ過ぎて馴染めないと当時の若者も感じたので
あろう。そこで形容詞にも「です」を付ける表現「おいしいです」「楽しいです」が登場して、
どんどん広まった。そして国語審議会も昭和27年(1952年)に形容詞に直接「です」を
付ける「暑いです」「寒いです」などを簡素な表現として正式に認めたのである。

日本語教育でも「暑いです」「寒いです」は正しい表現として教えている。でも年配の
方の中にはこれらの表現に子供っぽさを感じる方もかなりいらっしゃると思う。

しかしこの傾向はどんどんエスカレートとして現在では、この「です」は動詞にまで付いて
しまう勢いである。「行くです」や「来るです」のような表現はまだ使われていないが、でも
その否定形の「行かないです」や「来ないです」は若者の間ではかなり使われており、
ときどき耳にする。これはちょっとふざけた、おどけた雰囲気を出そうとする若者の感性なの
であろうが、日本語教師として生徒には教えたくない。

彼女もデイトが理由なのでちょっとおどけて使ったようだが、日本語学習者の前では、
気をつけなければダメと注意した。でも彼女いわく、このような場合は「行きません」より
「行かないです」のほうが何となく雰囲気に合っている感じがするとのこと。

どこでデイトするの・・・、こんな質問に対しても『そんなこと「分かりません」よりは「分から
ないです」のほうがぴったりします』である。なるほどね。

いつの日か「行かないです」や「来ないです」が主流になってしまう日が来るのかも・・・。
でもこんな話まだ生徒には聞かれたくないので小声になってしまった。先生、彼女と
コソコソ何を話していますか・・・。




戻る  
バンクーバー新報投稿エッセイ 外から見る日本語142
 
エッセイへ戻る
Copyright (C) 2008 Yano Academy. All Rights Reserved.