矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 126


☆ 「お体ご自愛ください」はダメ

寒さの厳しい折、お風邪など(   )よう、お体ご自愛くださいませ。 (  )の中に入る
正しいものを選びなさい。 a. お召ししません b. お召しになりません c. いただき
ません  これは日本語学習者が受ける日本語能力試験の上級者向け敬語の
問題である。尊敬語「お風邪を召す」を覚えさせる意図なのだろうが、それにしても
あまり意味のない問題のように思える。

実は日本で日本語教師をしている卒業生からメールが届いた。上記の敬語
問題の件であるが、答えのことではなく問題文の中の「お体ご自愛ください」の
部分の質問である。この表現はおかしいですよね、が彼女の指摘である。

この「お体ご自愛ください」は確かにときどき見かけるのだが、使い方としては間
違いである。この「ご自愛ください」はこの表現だけで「お体を大切にしてください」
という意味である。「自」は「体」を意味し、「愛」は「大切に」という意味である。
よって、「お体」を付けてしまうと「馬から落馬」のように意味がダブってしまうので、
正式には「お体」は付けずに単に「ご自愛ください」が正しい使い方である。

しかし、恥ずかしながら私自身も日本語教師になる前のサラリーマン時代には
何気なくこの「お体ご自愛ください」を使っていたような気がする。ちょっと調査も
兼ねて「お体ご自愛ください」に何か違和感があるかどうかバンクーバーに住んで
いる日本人に聞いてみた。

やはり年配の方は「それはおかしい」と答えた方もいらっしゃったが、多くの方は
ほとんど違和感はないと答えた。特に若い人の中には「ご自愛」の意味など分から
ない人もおり、またこんな表現は全く使わないし、使っても「ご自愛ください」だけ
では何をご自愛するのかよく分からないから、「お体をご自愛ください」のほうが
はっきりすると答えた若者もいた。

正に「言葉は時代とともに変っちゃう」を強く感じたのだが、日本語教師としては
やはり正しい使い方を指導しなければならない。しかし日本語の試験問題に
平気で「お体ご自愛ください」を使っているのだから、日本語教師としてはびっくり
である。

使い方の例として「暑さ厳しい折、ご自愛ください」や「時節柄、くれぐれもご自愛
ください」などであろう。でも確かにこの表現、用法的にはかなり限られる感じが
する。とても親しい人に使うと何となくよそよそしさが出てしまうし、それほど親しく
ない方に使うと「あなたに体のことなどそれほど心配してもらう必要はないよ」と
思われてしまうかも・・・。

昨今の日本の若者はこのあたりを敏感に感じて、ほとんど使わなくなってし
まったのであろう。
でも日本語教師としては何となく寂しさも禁じ得ない思いである。


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