矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 101


☆ 発音は「かつて」か「かって」か・・・?


日本語ビジネスレターの書き方講座などを受講する日本語学習者はもちろん
上級者である。そして日本式手紙の書き方、特に「頭語」と「結語」の関係などに
興味を持ち始める。確かにいろいろあって日本人にとってもややこしいので、あまり
難しい言葉は教えないが、よく使われている「拝啓」には「敬具」、そして「前略」には
「草々」を先ず教えている。

そしてこれを教えた後でこんな質問が・・・「草々」は「くさびと」と読むんじゃないん
ですか・・・である。最初は何を言っているのか全く分からなかったが・・・もちろん
上級者の冗談である。最初に「人々」を習ったのでこの「々」を「びと」と読む漢字だと・・・。思わずつまらない冗談はダメだよと怒ってしまったのだが、確かに「々」が最初に出て
きたときは大変である。「人々」や「国々」であるが、学習者はこれを当然漢字だと
思ってしまうのでややこしい。

私自身もこれを何と言うのか分からぬまま、長年使ってきたが、正式には「同の字点」
とのこと。生徒にはこれは漢字ではなく繰り返し記号ですよ、前の漢字を繰り返すときに
使いますよ、と教えなければならない。

またこれも冗談半分だが、「会社の住所」というのはおかしいですよね、と質問が
あった。これも何の質問だか分からなかったが、確かに「住所」とは漢字の意味は
「住んでいる所」であるから家のことであり、人が住んでいない会社に使うのはおかしい
のでは・・・会社は「所在地」ですよね、である。うーん、言われてみれば確かに・・・。
我々日本人はそんなこと考えもしないので、そんなことどっちでも構わないの・・・と
言うのが精一杯であった。

そして表題の質問にも困ってしまった。ビジネスだけの表現ではないが、例えば
「かつてない円安」などである。この「かつて」の発音だが、「かつて」なのか「かって」なのか
どちらが正しいのか・・・。私もそうであったが、いろいろ聞いてみるとかなりの方が「かって」と
小さな「っ」、いわゆる促音で発音している。理由はよく分からないが、昔は促音を小さく
表記する習慣があまりなく、「かって」と発音する言葉でも「買つて」と表記していたようで
ある。そこで「かつて」と書いてあっても発音は「かって」だろうと勝手(かって)に想像して
しまったのでは・・・と言われている。 

しかし標準的な言い方は「かつて」であり、言葉のハンドブックなどにも「かつて」と読む
ように明記してある。確かに辞書で「かって」と調べても「嘗て」は出てこない。学習者にも
なるべく例文をたくさん出して覚えてもらっている。「この辺りはかつては森でした」とか
「かつてない経済危機」などである。

かつては日本ではこんな例文は絶対考えられなかったが、「彼女はかつて男だった」で
ある。今でも日本ではこんな例文はやはり出しにくいが、ここバンクーバーではこの
例文が「かつて」を教えるのに一番分かりやすいのでは・・・。またまた日本語教師として
文化の違いを痛感した思いである。




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