☆ 「牛に似ている」と「牛と似ている」
今年最初の授業である。生徒がうれしそうに片手にカードみたいなものを持ってやってきた。彼は日本語上級者である。「日本人の彼女からこんな手紙がきました。先生、これが日本の年賀状ですね」。確かにお年玉付き年賀はがきである。日本からわざわざ・・・しかも手作りと思われる版画が描かれている。そしてまずこんな質問が・・・「年賀状の下に書いてある番号は何ですか」。ここでしばらくお年玉付年賀葉書の説明をする。でももし一等が当たったら・・・。余計な心配である。
次に話題は版画の絵に移った。もちろん牛の版画である。日本人にはごく当たり前の
ことであるが・・・、でも彼もすでに12支のことは知っているのですぐ理解出来た。ここでちょっと怖い質問が・・・「うし年」を漢字で書くと「丑年」と書いてありますが、なぜですか・・・。
これは確かにややこしい、中国では昔から「子、丑、寅、卯、・・・」という12の漢字があり、
それにあとから動物の名前を順番に付けたので「丑」という漢字と動物の「牛」は関係ない
んですよ。でもそんなことあまり気にしないで・・・と苦しい説明である。自分の年の「さる年」を何で「申年」と書くのか私自身も疑問に思ったのだから・・・、日本語学習者には理解
しにくいであろう。
そして次にもっと厄介な質問が・・・「でもこの絵あまり牛に似ていないですね」と言い
ながら、「牛と似ていない」は間違いですか・・・。彼女はよく「バンクーバーは神戸と似て
いる」と言っていました・・・である。うーん。確かに日本語教育では「母親に似ている」など
最初は「〜に似ている」を教えているので・・・。
これは助詞「に」と「と」の違いである。「花子に会う」と「花子と会う」の違いは・・・と
質問されるとちょっと困ってしまうが、「花子に話す」と「花子と話す」の違いは我々日本人
はなぜか容易に理解出来る。確かに「に」と「と」にはかなりの違いがある。
こんな感じで教えている。「と」は相手と一緒に行う行為に使います。例えば「花子と
結婚する」ですが、「に」はこちらからの一方的な行為に使います。例として「花子に
プロポーズする」ですよ、である。
日本語教師とすれば「と」と「に」と両方使える動詞は要注意である。「花子と会う」と
「花子に会う」の違いは・・・約束などした場合には「花子と会った」であり、偶然などが
付くと「偶然花子に会った」のほうが落ち着く感じがする。確かに使い分けている。
「〜と似ている」と「〜に似ている」も同じような感覚である。「と」の場合の「私は花子と
似ている」は年代も同じでお互い似ている感じであり、「に」の場合は花子さんはやはり
年上のほうが自然である。だから母親の場合は当然「私は母親に似ている」を教えな
ければならない。また「バンクーバーは神戸(と、に)似ている」はどちらで構わないが、
どっちに重点を置いているかで使い分けているのであろう・・・。
おばあちゃんが孫を見ながら「私は孫に似ているね」と言ったら・・・言葉を気にする
人はこのおばあちゃん、大丈夫かなと思うのでは・・・。
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