☆ 「飲みません」と「飲まないです」
日本語学習者にはおすしが好きな人が多いので一緒に食べる機会も多い。でも
おすしにまだあまり慣れていない人は食べ方が分からなくて苦労している。ネタを取って
しょう油につけて、ご飯と別々に食べたりする。別にどんな食べ方でもいいのだが、
やはり日本語教師としては何となく気になる。
しかし慣れた人はお箸など使わず、軽く手でつかんでしょう油をちょこっとつけて、
一口で食べてしまう。日本人顔負けの寿司通もいる。
そんなおすしが大好きな日本語上級者を交えて日本語教師養成講座の打ち
上げ会を行なった。場所はもちろんすし屋である。そしてお酒を飲むか、飲まないか、
どうしようということになって・・・、ある若い女性の日本人生徒が「私、今日は飲まない
でーす」と軽い感じで発話した。そのとき別に違和感はほとんど持たなかったのだが・・・。
しかし日本語上級者からこれに関してちらっと質問が出た。『先生、「飲みます」の
否定形は「飲みません」ですよね。「飲まないです」はもちろん意味は分かりますが、
使ったことありません。「飲みません」とどう違いますか』である。うーん、確かに日本語
教育では「飲まないです」は教えていない。もちろん「飲む」の否定形の「飲まない」は
教えるが「飲まない」+「です」の「飲まないです」は教科書にはほとんど載っていない。
なかなか鋭い質問である。
これは「です」の問題である。丁寧な言い方としてこの「です」は昔は名詞にしか付か
なかった。「矢野です」や「先生です」などである。そして形容詞例えば「おいしい」や
「楽しい」などは丁寧に言うときは「ます」を付けて「おいしゅうございます」や「楽しゅう
ございます」と表現していたのである。子供のときに聞いたような気がする。
しかし確かにこの表現はいかにも大げさすぎて馴染めないのでは・・・。当時の若者も
敏感に感じたのであろう。そこで形容詞にも「です」を付ける表現「おいしいです」「楽しい
です」が登場してきた。そして国語審議会も昭和27年(1952年)に形容詞に直接
「です」を付ける「暑いです」「寒いです」などを平明簡素な表現として認めたのである。
実際日本語教育でも「暑いです」「寒いです」は正しい表現として教えている。でも
年配の方の中にはこれらの表現に子供っぽい言い方として違和感を持つ方もいらっ
しゃるのでは・・・。
さらにこの傾向はどんどんエスカレートとして現在ではこの「です」は動詞にまで
付いてしまう勢いである。例えば「飲むです」や「食べるです」のように・・・。まだこんな
表現はほとんど使われていないが、でもその否定形の「飲まないです」や「食べないです」
は若者の間では結構使われており、よく耳にする。これはちょっとふざけた、おどけた
雰囲気を出そうとする若者の感性なのであろう。正に言葉は世につれである。
そしていつの日か「おすしを食べるです」や「お酒を飲むです」などがまかり通るの
では・・・。事実「暑いです」や「寒いです」がまかり通ったように・・・。日本語教師として
ちょっと恐ろしい感じがする。
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