☆ 「ただのコーヒー」はどんな意味・・・?
「先日友人に食事をごちそうになりました。お礼をしようと思ったので、その友人を
家まで車で送りました。そして急いで家に戻ろうとしてスピード違反で捕まってしまい、
高い罰金をはらうことになりました。本当に『ただより高いものはない』ですよね」。
これはある日本語学習者の話である。さすが上級者である。本人は大変だった
だろうが、なかなか的を射た言い回しである。
日本語教育においてこの「ただ」はなかなかやっかいである。もちろん最初はお金
などがいらない、無料という意味を教える。例文として「入場料はただです」や
「コーヒーはただです」などを導入してお金がゼロという意味を理解してもらう。
そして漢字を習い始めると「ロハ」などもちょっと教えてみたくなる。「ただ」の漢字は
「只」ですから、これを分解するとカタカナの「ロ」と「ハ」になるでしょう。だから
「ただ」のことを「ロハ」ともいいますよ・・・である。でもこんな言い方今の日本の若者は
ほとんど知らないのでは・・・。日本語学習者にこんなこと教える必要は全くないのだが、
ついつい教えてしまっている。調べてみると、この「ロハ」は大正時代から昭和初期に
かけて流行った若者言葉であったらしい。いつの時代でもちょっとふざけた若者言葉と
いうものは存在していたようでなかなか興味深い。
しかしこの「ただ」はまだ他にもいろいろ使い方があるので大変である。日本で教えて
いたとき、学習者のこんな驚きを思い出した。テレビドラマの中で、「何飲んでいるの・・・」、
「ただのコーヒーよ」。こんな会話であったらしい。場面は喫茶店の中である。
その生徒は「ただのコーヒー」を当然無料のコーヒーだと判断した。そしてどうして
喫茶店にただのコーヒーがあるのかしら・・・とすごく不思議に思ったらしい。
うーん、なるほどね。我々日本人はそんなこと考えたこともないが、確かにこの
「ただ」はややこしい言葉の一つである。「ただ」はこんな言い方も良く使う。例えば
「この人だれーーー」、「ただの友達よ」である。この場合、もちろん学習者も
「無料の友達」はおかしいと思う。ではどんな意味・・・。教師としては「特別変わった
ことがない、普通の人や物」に使いますよと教えなければならない。
もちろん日本人は文脈から判断できるが、「ただのコーヒー」だけだと確かにややこしい。
「無料のコーヒー」なのか「普通のコーヒー」なのか・・・。先日も日本から来た若者に
「何それ・・・」と質問したら「ただの雑誌・・・」といわれて戸惑ってしまった。本人は普通の
雑誌を意味したようだが・・・。今の若者はこの「ただの○○」をよく使うようである。
そして「スカイトレインのただ乗りはダメですよ。見つかったらただではすみませんよ」
なども教えなければ・・・。確かに「ただ」はただものではない。
更にこんな言い方に出くわしてしまった。「これ安いね、ただの1ドルだって・・・」。
これを聞いた学習者はびっくりしてしまうであろう。「ただじゃないですよね。先生、
どうして・・・」。本当に日本語ってとても複雑である。ただの日本語教師としては、
ただでさえ困っているのに、こんな質問されるとただおどろくばかりである。
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