矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 78


☆ 「謙譲語」が複雑になる・・・?

日本語レッスンの始まる時間が過ぎているのに生徒が来ない。そしてそのうち
携帯電話からこんな連絡が・・・、「先生、遅れてすみません。今すぐ来ます」である。
中級レベルの日本語学習者でもこんな間違いが多い。『「来る」じゃなくて「行く」で
しょう』と文句のひとつも言いたくなるのだが・・・。でもこの場合英語では確かに
I’m coming now」であるから、「go=行く」、「come=来る」と単純に思い込んで
いるとこんな間違いをしてしまう。これはいわゆる「母語の干渉」といわれているものであり、英語学習において我々日本人が「go」と「come」の使い方をよく間違えてしまうのと全く
同じである。日本語教育においても「行く」と「来る」はとてもややこしい。

しかし敬語を学び始めるとちょっと様子がかわってくる。まず敬語には「尊敬語」と
「謙譲語」そして「丁寧語」があると教えなければならない。そして「尊敬語」は相手の
動作について、「謙譲語」は自分の動作について使いますよと説明するのだが、
学習者にしてみればとても大変である。一つの例として「食べる」は「先生が召し上がる」
となり、「私がいただく」である。そして「行く」の尊敬語は「いらっしゃる」、謙譲語は
「参る」と教える。次に「来る」であるがこれも尊敬語は「いらっしゃる」、謙譲語は
「参る」と教える。すると生徒は「えー、同じですか・・・」と驚きながらもとてもうれしそうな
顔をするのである。特に「行く」と「来る」の使い方でいろいろ苦労した生徒はなお更である。なにしろ「行く」と「来る」が同じなのだから・・・。確かに「そこに行きます」も「ここに来ます」
も「参ります」を使えば問題ない。冒頭の電話も「先生、今すぐ参ります」と言えば
怒られるどころか誉められてしまうのだから・・・。生徒にしてみれば敬語の「参る」や
「いらっしゃる」はとても便利である。

さて、今までは敬語は「尊敬語」「謙譲語」と「丁寧語」の三種類とされてきたが、
今年の二月に発表された文化審議会答申の「敬語の指針」によると尊敬語、
謙譲語T、謙譲語U、丁寧語、美化語の五種類に分けられている。特に謙譲語が
二つに分けられているのでややこしい。例えば「行く」の謙譲語は「参る」や「伺う」で
あるが、これを分けているのである。

「すぐ先生のところに伺います」も「すぐ先生のところに参ります」もこの場合は両方同じで
あるが、「これから○○先生のところに伺いますので失礼します」は問題ないが、
「これから弟のところに伺いますので・・・」はおかしな表現になってしまう。

しかし「参る」は「これから弟のところに参りますので失礼します」でも問題ない。すると
同じ謙譲語である「伺う」と「参る」では確かに用法に違いがあり、今回の答申はこれを
明確にしているのである。謙譲語Tは行為の向かう先の人物を立てるもので「伺う」や
「申しあげる」が属し、謙譲語Uは自分の行為などを話や文章の相手に丁重に述べる
もので「参る」や「申す」などである。確かになるほどである。

しかしこの分類は日本語教育においてはもちろん、「あちらで伺ってください」などと
尊敬語と謙譲語の違いに戸惑っている日本の若者達の敬語離れにますます拍車が
かかりそうで少々心配である。




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