矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 166


☆ 「行く春」の読み方は・・・?
 

日本語教育において「行く」の読み方は当然「いく」と教えている。
「学校に行く」は「いく」であり、「行きます」は「いきます」である。しかしこの
「行く」はレベルが上がるにつれて「ゆく」も教えなければならず、なかなか
やっかいである。例えば「行く年・来る年」や「行方不明」などを日本人は
「いく」よりは「ゆく」と読んでしまう。また俳句などの「行く春や」や「行く
秋ぞ」なども「ゆく」のほうが自然に感じる。こんなこと教わった記憶は
ないが、我々日本人は見事に「いく」と「ゆく」を使い分けている。

しかし学習者には確かに難しい。こんな質問をよく受ける。『「いく」と
「ゆく」の違いは何ですか
?』である。そこで生徒にはまず「行く」は「いく」
と覚えてください。そして「ゆく」は特別なときに使いますよ、と教えている。
先日、ある上級者と今年の春のすばらしい天気を話題にしながら、
「行く春をおしむ」の読み方を聞いたら、「ゆく」のほうがいいですよね、と
答えてくれてうれしくなってしまった。

この「いく」と「ゆく」は昔からどちらも使われてきたようである。万葉集
にも両方出ているようだが、昔は「ゆく」のほうが圧倒的に使われていた
とのこと。そして時代とともに変化して、現在では「いく」のほうが基本的
になっている。 

確かに漢字の「行く」だけ見ると、一般的には「いく」と読みたくなる。
「ゆく」は改まった感じの古風で文学的な言い方、「いく」は現代的で
口語的な言い方といわれている。 確かに「今、行くよ」などもその場の
雰囲気で使い分けている。

いずれにせよ、「いく」と「ゆく」の両方をうまく使っているのだが、ちょっと
ややこしい問題もある。「行ってきました」などの「行って」を日本語教育
では「て形」と教えている。すると「行って」の読み方は「いって」と「ゆって」
になるはずである。「いってきました」は問題ないが、「ゆってきました」は
意味が分からなくなってしまう。「行く」の「て形」は「いって」だけなので
ある。昔は「ゆく」の「て形」は「ゆきて」だったようだが、現在は使われて
いない。

また「竜馬が行く」を読む場合、「ゆく」と読む人のほうが多いであろう
が、「いく」でも問題ない。そこでどうしても「ゆく」と読んでもらいたい
ときは、本のタイトルのように「竜馬がゆく」とひらがなが便利である。

さらに「ゆくゆくはカナダに住みたい」などの「ゆくゆくは」を漢字で書くと
「行く行くは」である。でも日本語学習者などに「いくいくは」と読まれて
は困るので、ひらがな書きにするのであろう。ひらがなのほうが何となく
軟らかさを感じる。

 どちらでもいいのだが、生徒にこんなクイズを出してみた。「行き先」は
「いきさき」か「ゆきさき」か、どちらがいいですか。すると、ある生徒が
「古くておもしろい場所」は「ゆきさき」ですが、「新しくてつまらない場所」
は「いきさき」です、と答えた。さすが上級者、お見事。思わず笑って
しまった。日本語は奥が深くて「いきさき」が見えず、つまらなくて大変
だが、楽しく教えたいものである。



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