矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 164


☆ 「匂い」と「臭い」

日本語教師養成講座を受講して、バンクーバーで日本語を教えて
いる卒業生と久しぶりに会った。そしてこんなことが話題になった。
「匂い」と「臭い」の違いである。彼女とは授業中に「東風吹かば 
匂いおこせよ 梅の花・・・」の短歌について、いろいろ話したことがあり、
思わずこんな歌を口ずさみたくなる早春の数年前のひと時を懐かしく
思い出した。


  確かに「におい」の漢字は二つある。我々日本人はそのようなこと、
あまり気にしたことはないが、「匂い」は「良い匂い」であり、「臭い」は
悪臭のような「悪い臭い」だと、何となく使い分けている。


  しかし日本人でも少し前まではかなりややこしかった。実は「匂い」の
漢字は昔の当用漢字や今の常用漢字には入っておらず、漢字は
「臭い」だけであった。だから漢字を使いたい場合は、「良い臭い」などと
「臭い」を使っていた。でもやはりおかしな感じがする。そこで新聞など
では「良いにおい」とひらがな表記をしていた。日本語教師としても生徒
にはひらがながいいですよ、と教えていた。


  でもなぜ昔から使っていた「匂い」という漢字が常用漢字に入っていな
いのか、とても不自然であり、やっと
2010年に常用漢字に正式に追加
された。日本語教育ではこのような例文で二つを説明している。
「匂い」は梅の花の匂い。「臭い」は魚の腐った臭い。分かりやすく、
日本語教師としてもホットした。
「東風吹かば 臭いおこせよ 梅の花」
のように「臭い」だったら気持ちも悪くなってしまう。


  でも漢字が二つあるから、少しややこしい点もある。「良いにおい」か
「悪いにおい」かは、人によってもかなり違いがある。もちろん誰でも桜や
梅などは「匂い」であり、腐った魚や生ゴミなどは「臭い」である。でも
例えば、さんまを焼いている「におい」などは微妙で、人によって異なる。
また大都会の「におい」なども個人差が絡んでくるので、確かに
ややこしい。


  基本的にどちらを使うかはその人の感性の問題である。さんまを焼く
「におい」が「匂い」か「臭い」か、どちらを使っても全く問題なし。でも
迷ったときはひらがな書きがお勧めである。


  実はこの「匂」の漢字は平安時代に作られた国字とのこと。国字
(こくじ)とは日本人が作った独自の漢字である。部首「つつみがまえ」の
中にカタカナの「ヒ」が入っている。これは平安時代には「にほひ」と言って
おり、最後の「ひ」をカタカナにして、この「匂」を作ったとのこと。
平安時代の人々の漢字に対する粋なそして遊び心を大いに感じて
しまった。


  また「臭い」に関してもややこしい。「におい」と読むが、「くさい」とも読
むのである。名詞と形容詞の違いだから文脈から簡単に分かるのだが、
でももし生徒から「臭い臭い」はどう読むんですか、と質問されたら、
困ってしまうであろう。「くさいくさい」か「くさいにおい」か、確かに両方に
読めるので、ややこしい。「臭いものには蓋をする」のごとく、なるべく
こっそり、静かに答えたいところである。



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