☆ 「おられる」の意地
日本語上級者からこんな電話がかかってきた。「先生、今日の午後
3時ごろ学校におりますか」である。そこで意識的に「はい、おりますよ」と
返事した。そして彼女が学校にやってきたので、早速敬語のお勉強を
しようと、すると彼女は照れ笑いを浮かべながら、「学校におりますか」は
ダメですよね、である。さすが敬語に興味のある上級者、ちゃんと間違い
だと分かっている。でも日本語の会話の中でこんな言い方をよく聞くとの
こと。なるほど。
確かに、この「○○先生はおりますか」という言い方が正しいと思ってい
る日本の若者が最近かなり増えているようであり、日本語教師として、
敬語の乱れ、特に謙譲語の誤用はとても気になる。この「おる」は自分の
動作を低める謙譲語であり、相手の行為に用いるのは大間違い。
社会人になれば至極当然で、「いる」の尊敬語「いらっしゃる」を使って、
「○○先生はいらっしゃいますか」である。
日本語上級者に敬語を教える場合、相手の行為には尊敬語、
自分の行為には謙譲語を使う、と強く教えている。するとこんな質問が、
「どうして自分を低めるんですか」である。なるほど、でも日本語にはこの
「低める文化」いわゆる「謙譲の美徳」が大きな役割を持っており、
皆さんの文化にはないから難しいけど、敬語を学びたいのであれば、
ぜひ頑張って、と説明している。日本の若者もこの「へりくだりの文化」など
あまり必要性を感じなくなってきているのかもしれないが、日本語を母語と
する者としては大いに意識してもらいたい。
でも敬語の使い方において、方言なども絡んで、確かにややこしい面も
ある。一例として表題の「おられる」で、謙譲語「おる」に「られる」をつけて
「おられる」、これは謙譲語「参る」に「られる」をつけ、尊敬語のように
「お客様が参られました」と同じで、文法的には二重のミス、
「○○先生はおられますか」は大間違いである。
しかし25年間続けている日本語教師養成講座で「敬語の教え方」を
行なっているが、この「○○先生はおられますか」に関西地区出身の
ほとんどの生徒は違和感など無く、文法的にも問題なし。さらに
「○○先生はいらっしゃいますか」よりめっちゃ温かみを感じるとのこと。
当初は驚いたが、東京出身の日本語教師としては大いに考えさせら
れた。事実、謙譲語「おる」は2007年に文化庁から「丁重語」として分類
され、従来の考えと変わってきている。しかしこの「おられる」は間違いだと
感じる人も多く、放送関係では使われていない。だが、文法はともかく、
関西地区では昔からずっと使われており、現在ではもはや問題なしと
されている。そら、そやろ !
この「おられる」にめっちゃ力強い意地を感じた。
言葉とは方言や世代差なども考慮して、その時代の人々が作り上げて
いくものなのであろう。
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