矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 210


☆ 「母語の干渉」を愉しむ
 

カラッとして夏のバンクーバーの天気はとてもさわやかである。でも今夏は
かなり暑い日が続いた。そこで暑気払いと銘打って何回か飲み会を
行なった。先日も生徒と行きつけの居酒屋に。先ずはビールで、と彼が
2本のビールをください」と注文した。そこで「そんな言い方をするとアサヒ
やキリンなど日本(2)のビールがきてしまうよ」とやんわり注意した。
残念ながらこのダジャレすぐには分かってもらえなかったが、日本語としては
違和感がある表現である。日本語は「ビールを2本ください」と数詞は
普通、後にくるのだが、英語は「two bottles of beer」であり、数詞は
常に最初にくるので生徒が「2本のビール」と言いたくなるのもよく分る。


 これがいわゆる「母語の干渉」と言われているもので、母語の影響に
よって、学習している言語にいろいろ誤りを犯してしまう現象である。
日本語と英語に関して、この「母語の干渉」の代表的な一つが
「行く、来る」と「gocome」である。カナダ人の家にホームステイしている
日本人が「Dinner is ready」と言われて、日本語では
「いま、行きます」の発想から「I’m going now」と言って、ダイニングルーム
に行くと食事はすでに片付けられていた。よく聞く話だが、確かに
この表現では英語では「いま、出かけます」の意味になってしまい、
I’m coming」と言わなければならない。


 しかしこの「母語の干渉」はお互いさまであり、カナディアンの日本語
学習者にも同じ悩みがある。時間に遅れている生徒から学校に電話が
かかってくる。「すみません、スカイトレインが遅れて、でもすぐ来ます」で
ある。このような場合、英語では「come」を用いるので「来る」と言って
しまう。言葉が持つ文化の違いを楽しもう、と説明している。


 この「行く」と「来る」は日本語でもなかなかややこしい。九州地方の
方言では「ご飯ができたよ」の返事に「いま来ます」とか、電話で
「今から行くよ」を「今から来るけん」と言うようである。標準語からすると
戸惑ってしまうが、日本語にも英語と同じような発想をする表現があり、
とても興味深い。この方言を使っている人は英語の「go」と「come」の
使い分けはすごく簡単に違いない。 


 そしてもう一つ「母語の干渉」の定番は、否定疑問文における「はい」と
「いいえ」である。「あした学校に行かないの?」の質問に英語が母語の
学習者は「いいえ、行かないです」と答えてしまう。日本語では「はい」と
答えなければダメである。しかし英語ではどんな場合でも、答えが否定で
あれば必ず「No」であるから「いいえ」となってしまうのも理解できる。


 これもお互いさまで、英語学習において日本人が犯しやすいミスで、
要注意。空港の通関などで「Don’t you have dangerous items ?」の
質問に対して、日本語式に「はい、持っていません」の発想で、
Yes」などといったら大変なことになってしまうかも、でもそれもまた愉し。



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