矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 187


☆ 「当然」は「当前」のほうがいいかもね?
 

漢字にとても興味のある日本語上級者からの質問である。「当然」
の漢字ですが、なぜ「然」は「前」と書かないんですか? 意味も「前」の
ほうが分かりやすいと思います、である。最初は質問の内容がよく分か
らず、改めてゆっくり聞き直した。

カナディアンの彼曰く、もちろん「当然」の読み方と意味は分かります
が、この「然」という漢字はなかなか難しく、なぜ上に「犬」がいるのか? 
また下の点々の向きも最初はとても気になりました。そして同じ意味の
言葉として、「当たり前」も習いました。少し笑いながら、「当然」より
「当前」のほうが意味も分かりやすく、書くのもやさしいです。どうして
「当前」と書かないのですか? である。

びっくりしてしまった。日本語教師になってそろそろ30年、今までも、
びっくりするような質問をいろいろ受けてきたが、こんな漢字に関する質
問は初めてである。こんな発想、我々日本人はまず考えたことはない。
まさに日本語学習者ならではの発想であり、漢字の難しさが分ってい
る上級者の質問である。

上級者としては当たり前だが、彼はこの「前」という漢字を「ぜん」と
発音することも当然知っている。すると、確かに「とうぜん」の漢字は
「当然」より「当前」のほうが分かりやすい、と彼が感じるのもよく分かる。
びっくり、そしてなるほどである。

「当然」と書くのが、当たり前だが、こんな質問をされると日本語教師
としてはとても気になり、早速調べてみた。そしてこれまた大いに驚いて
しまった。昔、中国から「当然」という漢字言葉が入ってきた。これは
「当(まさ)に然(しか)るべし」ということで 「当然」である。でもこの「然」と
いう漢字は当時の日本人にもなかなかなじめず、江戸時代ごろに、
誰かが「前」という漢字を使って「当前」という当て字を書き、この
当て字がかなり広まったようである。読み方はもちろん音読みの
「とうぜん」である。

そしてしばらくして、今度は誰かがこの「当前」を訓読み(日本式)
して「当たり前」と読んだようである。そしてこれが広まり、「当たり前」と
いう和語ができたとのこと。他にも説はあるようで、はっきりは分らないが、
いろいろ調べてみて驚いてしまった。「当然」の当て字として「当前」が
作られ、それを訓読みにして「当たり前」ができた。なるほど。

するとこの「当たり前」という言葉はその時代、時代の若者たちがちょっ
とふざけて作り出した、若者言葉だったのでは、との思いを強くした。

まさに彼の発想と同じである。日本では何百年もかかったのだが、
彼は短時間に、こんなことを思いついたのである。「すごい、大したもん
だね」と彼にこの話をした。彼もびっくり、そして大喜び。いつか「当前」に
なるのでは、と笑いながら乾杯である。

 このエッセイを書きながら、思わずかなり昔(1960年代)に流行った、
こんなコマーシャルを思い出した。「当たり前田のクラッカー」である。
これを懐かしく感じる方はかなりの年配の方。
 年を重ねるもまた楽しからずやである。 


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