矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 171


☆ 「ロハ」はなぜ「ただ」・・・?
 

「先日友達に高級レストランでごちそうになってしまい、何かお礼をしよ
うと、その友人を家まで車で送りました。そして急いで家に戻ろうとして、
スピード違反で捕まってしまい、高い罰金を払うことになりました。本当に
『ただより高いものはない』ですね」。これはある日本語学習者の話で
ある。さすが上級者。本人は大変だっただろうが、的を射たすばらしい
言い回しである。

日本語教育において、この「ただ」はなかなかやっかいである。最初は
お金などがいらない、無料という意味を教える。例文として「入場料は
ただです」や「コーヒーはただです」などを導入して、お金がゼロという意味
を理解してもらう。

そして漢字が分かってくると、「ただ」のことの「ロハ」もちょっと教えてみた
くなる。でもこんな言い方は今の日本の若者はほとんど使わないし、
意味は理解している人でも、なぜ「ただ」のことを『ロハ』というのか、理解
している人は少ない。

これは「ただ」の漢字は「只」であり、これを分解するとカタカナの「ロ」と
「ハ」になる。だから「ただ」のことを「ロハ」というのである。こんなこと日本
語学習者に教える必要は全くないのだが、ついつい教えてみたくなる。
調べてみると、この「ロハ」は大正時代ごろに流行った若者言葉であった
らしい。いつの時代でもちょっとふざけた若者言葉が存在していたようで
なかなか興味深い。

しかしこの「ただ」はまだ他にもいろいろな使い方があるので大変で
ある。学習者のこんな驚きも聞いたことがある。テレビドラマの中で、
「何飲んでいるの?」、「ただのコーヒーよ」。こんな会話であったらしい。
場面は喫茶店の中である。その生徒は「ただのコーヒー」を当然無料の
コーヒーだと判断した。そしてなぜ喫茶店にただのコーヒーがあるのか、
すごく不思議に思ったらしい。

うーん、なるほどね。我々日本人はそんなこと考えたこともないが、
確かにこの「ただ」はややこしい。こんな教え方をしている。例えば
「彼女はただの友達です」である。この場合、もちろん学習者も
「無料の友達」はおかしいと思う。この場合の「ただ」は「ガールフレンドで
はない、普通の友達」を表わすときに使うと教えなければならない。
英語では差し詰め「She is just a friend」であろうか。

もちろん日本人は文脈から容易に判断できるが、確かに「ただの
コーヒーです」だけだとややこしい。先日も日本の若者に「何それ・・・」と
聞いたら「ただの新聞です」といわれて戸惑ってしまった。本人は普通の
新聞を意味したようだが。今の若者はこの「ただの○○」をよく使うよう
である。

また「スカイトレインのただ乗りはダメですよ。見つかったらただではすみ
ませんよ」なども教えなければならない。本当に日本語って複雑である。
ただの日本語教師としては、生徒の質問にただでさえ、困っているのに、
こんな質問されると、ただ焦ってしまうばかりである。



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