矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 161


☆ 「筆不精」か「筆無精」どっち・・・?


「最近の若者は筆ぶしょうで困るよ」、年配の人のグチである。そして
早速この漢字は「筆不精」か「筆無精」か、どっちが正式なのか、と
質問されて困ってしまった。

日本語教師として恥ずかしながら、あまり気にしたことはなかったが、
いろいろ調べてみると、この「不」と「無」の漢字の使い分けは、歴史的
な背景も絡んで、なかなか複雑であることが分かった。

まず戦前は「不精」や「不気味」のようにほとんど「不」を使っていたと
のこと。それが、戦後間もなく
(1948)に制定された文化庁の当用
漢字音訓表において「不」は「フ」としか読まず、「ブ」と読んではダメと
決めてしまった。

そこでそれまで「ブ」と読んでいた「不精」や「不気味」などは、全て
「無」を使って、「無精」や「無気味」に変えてしまった。その当時、教育
を受けていた人はとても混乱したであろう。そしていろいろ不都合が出て
きた。例えば「不祝儀」や「不細工」を「無祝儀」や「無細工」としたら
確かに馴染めない。

そしてようやく昭和四十八年(1973)に当用漢字表が改定されて、
「不」を再度「ブ」と読んでも良いことにしたとのこと。まだ日本語教師に
なる前で関心がなかったが、調べてみて驚いてしまった。

このようにとても複雑な歴史的経緯があり、それ以降、現在では「ブ」
と発音する単語で、かなりのものは辞書に「不」と「無」と両方の漢字が
載っている。例えば「不気味」と「無気味」や「不作法」と「無作法」など
である。確かに昔の経緯もあり、両方使っていたのであるから、いまさら
一つに決められず、どちらも
OKとしたのである。年配の方は学校教育で
どのように教わってきたのか、全て「無」で教わった時代もあり、戸惑って
しまうのは至極当然であろう。

でも「不」と「無」では意味的に確かに違いがある。「不」は「そうでは
ない」という否定であり、「無」は「有る」の反対語で、「無い」である。
葬式などの「不祝儀」は「祝儀」が無いということではないので、やはり
「無祝儀」はおかしな感じがする。

でも「器用」などは器用ではない、であれば「不器用」であるが、
器用さが無いと考えれば「無器用」もおかしくはない。確かに辞書には
両方載っている。最近亡くなった俳優、高倉健に関して、「不器用に
生きる男からにじみ出る情と味」、こんな記事が新聞に載っていた。
新聞関係では「不器用」のほうが優勢のようである。

すると表題の「筆不精」と「筆無精」は・・・。どちらもOKだが、私と
してはマメではない、ということで「筆不精」のほうがいい感じ、でも「ひげ」
に関しては「無精ひげ」のほうがいい感じ。どちらを使うかはその人の
判断で決める、これが結論である。

日本語上級者とこんな話をしていたら、今は筆など使わないから「ペン
不精」のほうがいいと思います。でも若い人には「メール無精」のほうが
もっといいです。うーん、ごもっとも。宜
(むべ)なるかなである。


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