矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 157


☆ 「足元」か「足下」か・・・?

カナダに移住して20年の節目を契機に、新緑の5月にふるさと
日本を訪れた。
20年という長かったような、また短かったような歳月を
振り返りながら、温泉旅行なども楽しんだ。カナダにも温泉はあるが、
日本の温泉とはまるで違う。やはり日本の温泉には趣があり、のんびり
くつろげる。日本人として正に温泉にひたりながら、喜びにひたる思いで
あった。

そしてある温泉で露天岩風呂に入ろうとしたとき、こんな注意書きを
見た。「すべることがありますので、お気をつけください」である。あまり
見かけない表現なので、何回か読み直してしまった。お風呂場などに
ある注意書きは「足元が滑りやすいので、お気をつけください」とか
「足下にご注意ください」などが一般的であろう。

この「すべることがありますので、お気をつけください」だが、文法的に
は間違っておらず、別に何も問題はない。しかし日本語教師として、
お風呂場の注意書きとしては何となくふさわしくない感じがした。でも
確かに「滑らないこともある」のだから・・・、逆に面白いといえば面白い
言い方なのであろう。

バンクーバーに戻ってきて、早速日本語上級者とこんな話をしてい
たら、生徒からこんな質問を受けた。「あしもと」の漢字は「足元」で
すか、それとも「足下」ですか、である。うーん、確かにどちらも使われて
おり、気になるのであろう。これは日本語教師としてもややこしい漢字
の一つである。

これらの漢字、意味的には微妙な違いがあるといわれている。
「足下」は文字通り、足の真下にある地面や場所を表わすが、
「足元」は足が地についている回りの部分も含む、すなわち「足下」
よりもやや広い範囲を表わすとのこと。確かに自分の影が地面に長く
伸びているような場合は「足元に影が長く映っている」のほうがふさわ
しい感じがする。

しかしそのようなこと意識している人は少なく、意味的にも大差ない
ので、一般的には「足元」も「足下」もどちらを使っても
OKとされている。
事実、「足元が滑りやすい」でも「足下が滑りやすい」でもどちらでも
問題ない。ただ新聞などは基本的に「足元」を用いる決まりがあると
のこと。生徒には「足もと」とひらがなで書いたほうがいいですよ、と
説明した。

しかしこの「足もと」だが、使い方にかなり間違いが見られる。新聞の
スポーツ記事などにも「足元をすくわれた」などの表記が目立つ。これは
相手のすきをついて失敗させることであり、足はすくえるが、足下や
足元は地面などの意味で、すくえない。やはり正しい表現は「元」など
つけず、「足をすくう」であり、受身形の「足をすくわれた」である。

でもこの「足元をすくわれた」の表現だが、統計によるとすでに80
近い人が使っているとのこと。するといつの日か、これも前回の「とんでも
ございません」と同じように、正しい使い方になってしまうのであろうか、
「言葉は変化する」もよく分かるのだが・・・。

日本語教師としてあまり自信がなく、足元を見られないうちに、
早く話題を変えたいところである。



戻る  
バンクーバー新報投稿エッセイ 外から見る日本語157
 
エッセイへ戻る
Copyright (C) 2008 Yano Academy. All Rights Reserved.