矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 155


☆ 「歌わさせていただきます」 は・・・?

 「歌わさせていただきます」は正しい日本語ですか? バンクーバーに
住んでいる日本人から質問を受けた。このような質問、日本語上級者
から受けたことはあるが、日本人からは初めてなので驚いてしまった。
言葉に関してかなりうるさい人である。

確かにこの表現は文法的には大間違いである。これは使役形の
作り方であり、使役文は日本語教育においても大事である。例えば
「作る」という動詞は「母が子供に料理を作らせる」であり、「食べる」と
いう動詞は「母が子供に野菜を食べさせる」となる。ごく当たり前で
ある。

ここで中学校で習った国文法を思い出していただきたい。「作る」は
五段活用動詞だから、使役形の作り方は「せる」を付けて「作らせる」で
あり、一方「食べる」は一段活用動詞であるから、「させる」を付けて
「食べさせる」である。また「する」動詞の「勉強する」なども「勉強させる」
となる。でもこんなこといちいち覚えている日本人はほとんどいないし、
意識もしていないが、日常会話の中で間違えることはほとんどない。
やはり母語である。

この使役文は目上の人が目下の人に対して使う表現であり、日本
語学習者は自分が日常会話の中で使う場面はほとんど無く、必要性
は少ない。しかし上級者になるとこの使役形はとても大事になってくる。
いわゆる丁寧な表現方法である。  

この使役形に「〜ていただきます」を組み合わせた、例えば「座らせ
ていただきます」などはとても丁寧な言い方になり、敬語の勉強に大いに役立つ。

表題の「歌わさせていただきます」であるが、この「歌う」は「作る」と
同じグループの動詞で使役形は「歌わせる」であり、「歌わせていただ
きます」が正しい表現である。「歌わさせて」のように「」を入れてし
まった、いわゆる「さ入れ言葉」である。

これに関してよく参考例として取り上げられるのが「乾杯の音頭をと
せていただきます」である。この「とる」という動詞も「作る」と同じ
五段活用動詞で、使役形は「とらせる」であり、「乾杯の音頭をとらせて
いただきます」が正しい表現である。ではどうして「さ入れ言葉」が使わ
れるようになったのか・・・。

これは一段活用動詞や「勉強する」などの「する動詞」は全て「〜さ
せて」であり、その影響を受けて五段活用動詞も「さ」を入れてしまった。
そしてこの表現にもっと丁寧さを感じる日本人が多くなり、使われるよう
になったとのこと。

確かに「乾杯の音頭をとらせていただきます」よりは「音頭をとらせて
いただきます」のほうがより丁寧だと感じる人も多いのでは・・・。

でもこの「さ入れ言葉」は間違いである。いくら丁寧だと感じても日本
語教師としては「言葉の乱れ」として考えたい。日本語上級者は使役
形の作り方をちゃんと勉強しており、「歌わせていただきます」を使うの
だから、日本人も正しい日本語を・・・。

それでは、今回のエッセイはこれで「終わらせて」ではなくて、
「終わらせていただきます」。



戻る  
バンクーバー新報投稿エッセイ 外から見る日本語155
 
エッセイへ戻る
Copyright (C) 2008 Yano Academy. All Rights Reserved.