矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 153


☆ 「人間万事塞翁が馬」

 新年会で日本語上級者にこんな「なぞなぞ」を出して怒られてし
まった。「人と人間とどっちがえらいか?」である。「えー」といいながらも
懸命に考えている。そして「道で人間とぶつかった」などとは言わない
ので、「人」と「人間」の違いは分かるけど・・・と真剣である。答えは
人間のほうがえらいよ。「人間」には間があるけど、「人」は間が無く、
間抜けだからね。一応笑ってくれたが、「先生、正月からつまらない
ジョークはやめてください」と叱られてしまった。

今年はうま年、日系の友人仲間で「人間万事塞翁が馬」という
ことわざが話題になった。ご存知の方も多いが、これは中国の古い諺
である。蛇足ながら簡単に説明すると・・・。

占いの得意な塞翁(さいおう)老人の馬が逃げてしまい、人々が気
の毒がる。やがて、その馬は名馬を連れて戻ってきた。みんなで喜ぶ。
しかしその名馬に乗った息子が落馬して足の骨を折ってしまう。人々が
それを気の毒がる。しばらくして隣国と戦争になり、若者たちはほとんど
が戦死してしまう。しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れ戦死
しなくてすんだという故事に基づく。

幸と不幸は予測しがたく、幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じる
か分からないのだから、安易に喜んだり、悲しんだりするべきではないと
いう占い老人の教訓である。なかなか味わい深い。

最近はこの諺の説明に現代風のユーモアに富んだ例え話がネット上
に出ており、そんなことが話題になった。でも今回話題にしたのは「人間」
の読み方である。当然「にんげん」であり、「にんげん、ばんじ、さいおうが
うま」と日本語教師になる前は堂々と「にんげん」と読んでいた。しかし
正式な読み方はナント「じんかん」である。昔、先輩の日本語教師に
注意されて恥をかいたことを思い出した。

「人間」を「じんかん」と読むことなど全く知らなかったが、「じんかん」と
読むと「世の中」や「世間」という意味になり、「にんげん」と読むと「人」を
表す。ちゃんと使い分けているのである。この諺は「人」よりは確かに
「世の中は・・・」のほうが分かりやすい。

しかし「にんげん」と表記している辞書もあり、確かに「人」でも意味は
通じるので、現在ではどちらもいいようで、諺にも時代とともに変化が
見られる。

実は「人間到るところ青山あり」の「人間」も「じんかん」が正式ある。
でもこれも「人」のほうが分かりやすいのであろう、今では「にんげん」と
読んでも問題ないとのこと。しかし日本語教師としてはやはりさびしい。
古き「じんかん」という読み方もぜひ残しておいてもらいたい。

青山(せいざん)とはお墓のことであり、死ぬ場所などはどこにでもある
のだから、どんどん広い世界に飛び出せ、との格言である。

だが今時の若者は「青山」を緑豊かな山などと解釈して、「人生は
どこにでもすばらしい青い山がある」などと・・・、冗談なら面白い。
確かにバンクーバーはいたるところに青い山あり、である。



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