矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 120


☆ 「お昼」はいいのに「お朝」はダメ・・・?


今年初めての授業が終わったあと、お昼を食べに行こうということになり、
近くのレストランに出かけた。そして上級者の彼は少しにやにやしながらこんな
ことを言い出した。「先生、どうして昼だけ『お』がつくんですか・・・」である。
最初は何のことだかよく分からなかったが・・・、なぜ「お昼」はいいのに「お朝」や
「お夜」はダメなのか、である。

長年日本語教師をしているが、この質問は始めてである。うーん・・・、そんな
こと当たり前のことで考えたこともなかった。でも確かに「お昼」は使うが「お朝」や
「お夜」は使わない。でも改めてなぜと聞かれると誠に困ってしまった。

初級では「お金」や「お荷物」などのように「お」をつけると丁寧な言い方になると
教えている。そしてこの「お」を付けることに関して、日本語学習者ならではのいろ
いろ面白い話がある。

ひとつの例として日本語中級レベルの生徒だった日系3世のスチュワーデスが
お客さんに「前の荷物を・・・」と言おうとして「お前の荷物を・・・」と言ってしまった。
また外国の人が夜遅く電話をしたとき「夜分、すみません」を丁寧に言おうとして
「夜分」に「お」をつけてしまった・・・などなどである。

確かに初級に「朝、昼、夜」と習ったのだから丁寧に言おうとしたら「お朝、
お昼、お夜」であろう。でも確かに「お朝」や「お夜」とは言わない。でもなぜ・・・。
言わないのだから言わないのと言いたいところだが・・・、やはり日本語の文化
である「内」と「外」が絡んでいるのであろう。基本的に朝と夜は「内」である家族と
一緒にいる時間であり、取り立てて丁寧な言い方は必要ない。しかし昼は「外」の
人と会うことが多く、丁寧な言い方である「お昼」が必要であり、どんどん馴染んで
きたのであろう。

そしてよく問題になるのが「夕ごはん」と「晩ごはん」そして「夜ごはん」の違いで
ある。生徒からよく「夜ごはん」はダメですかと聞かれる。確かに「夜ごはん」は
辞書には出ていない。そして漢語では「朝食」「昼食」「夕食」であり、「夜食」という
と少し意味が変ってしまう。やはり「夕」の付いた「夕ごはん」が一番使われている。

 「夕」は夕日が沈むころであり、「晩」は日が沈んで辺りが暗くなりかけのころ、
そして「夜」は完全に暗くってからである。電気など無い時代はなるべく明るいうち
に食べなければならず、「夕ごはん」がふさわしかったのであろう。でも生活がどん
どん夜型になってきた現代では「夜ごはん」のほうがふさわしい感じがする。やはり
言葉も時代とともにどんどん変っていくのは致しかたないことであろう。

でも文化の香を感じる昔の言葉、例えば「筆箱」などにはまだまだ頑張って、
「筆」など使わなくなっても「言葉」として何とか残ってもらいたいのだが・・・。



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