矢野アカデミー

番外編

就学児童の親として


《2000年度版「地球の暮らし方」に掲載》


日本も好きだし、カナダも好き」と言う子供。
親もおおらかな気分で子供に接しました。

カナダで日本語学校設立のために移住移民として来る
日本では平凡な生活をしていましたが、父親との同居がきっかけとなり、サラリーマン生活にピリオドを打ち、日本語教師の道へと進んだのは88年のことです。

現在、バンクーバーで日本語学校を開いていますが、カナダへ移住するきっかけとなったのは、まったく偶然の出会いからでした。この移住を決意した出会いというのは、偶然近所のピザハウスでカナダ人の家族に会い家族ぐるみの付合いを始めた事でした。このヘンダーソンさん達からカナダの話を色々聞くうちに素晴らしい国だと確信したのです。そして数年後に帰国したヘンダーソン一家を尋ねカナダ移住の夢が固まりました。

日本語学校設立という企業移民として、移住申請したのが1990年、4年という歳月をかけて94年に移民としてカナダに渡りました。

当時、1人息子の潤一郎は14歳でグレード8(日本の中学生2年)。英語学習上少し遅い年齢だったかもしれませんが、母国語である日本語がしっかり自分のものになっていたので最近では逆に良い時期だったなと思っています。ヘンダーソン家の息子、ピーター君と同じ学校に編入したこともよかったのか、とり立てて大きな問題も無く学校に通い始めました。日本人の生徒は1人もいませんでしたが、色々な国からの子供が通っていて、自分と同じ立場の英語を母国語としない生徒の存在は、彼にとって心強かったようです。

何よりも息子のおおらかな性格が、カナダに向いていたと思います。英語は母国語ではないので成績が悪いのは当り前。落第さえしなければよいと親の考え方も自然におおらかになりました。



家の中では日本語。外では英語が定着
カナダに来た当初は家の中でも「できるだけ英語で話そうか」なんて考えましたが上手くいきませんでした。子供がかえって混乱してしまったようです。親の英語はやはり日本式の英語で発音が完全ではありませんから。自然が一番と気が付き、家の中では日本語で、外では英語でが定着しました。今は家族の中で一番英会話が出来るのは息子です。

最初は子供なりにかなり苦労した事もあったと思います。でも彼自身「カナダに来てよかった。カナダも好きだし、日本も好きだ」と言っているので良かったと思います。



●自分の意見を持つことを大切にする教育
子供の学校生活を見て、カナダというのは自分の考えを小さな時から持たせる教育をしているんだな、と思いました。例えば、日本の歴史の問題で「鎌倉幕府はいつ誰が開いたのですか?」というのが一般的な日本の学校の質問形式です。

しかし、ここでは「どうして鎌倉幕府は開かれたのでしょうか。あなたの意見は?」となります。日本の学校の試験は、他人との差をつけて合否を決める手段です。しかし、カナダでの試験は生徒に自分の考えを持たせ、本人の意見を尊重する機会のためにあるような気がします。根本的に違うんですね。自立への教育ですね。私たちもカナダに着てから、カナダ流の教育をするようになりました。

早くから子供の意見を聞く機会をたくさん作り、子供の意見も尊重し自分の意見を主張できる機会を作って上げられたらいいですね。



 
番外編 99年度版 地球の暮らし方より
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